私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(47)『追捕/Man Hunt』- 主演のわがままの処理 -
駅
ラスト・シーンは吉ヶ原駅。ここは監督のみならずクルー全員が気に入った素敵なロケーション。駅も素敵、駅舎も素敵、保存車両も素敵。
ランチタイムには裏の公園で、地元の方達が本格的な「流しそうめん」をやってくださった。
竹の足場に割り竹のそうめん流し。こんなに本格的な流しそうめんは初めて体験する香港人クルー達。彼らの喜びようったらなかったね。導演も楽しんた束の間の癒しタイム。
実は吳宇森導演、食事にうるさい。
撮影が押して決められた食事の時間に食べられないと機嫌が悪くなる。お腹が空くからだろうけれど、薬の服用時間の問題もあったとは思う。
なので食事については案外良いものを食べさせてもらっていたと思う。他の作品に参加してみて、本作での食事が実は天国だったと後々思い知った。
脱線ついでに食事の写真をちょっと披露。岡山のセットでの食事が一番豪華だった。ずっとこんな感じ。
さすがに私もブチ切れた
実はこのロケーションでの撮影で私がちょっとブチ切れる事件が発生。
朝一番の日課であるセリフの調整交渉。某主演俳優が「このセリフなんだけどさ、セリフは言わずに表情だけでいいんじゃないかと思うんだよね」と。英語のセリフを極力言いたくない彼は、これまでにも何度となくこう言っては英語のセリフを削ってきた。監督も「それでもいいよ。」とほとんど全て受け入れてきた。
だがしかし。
この時はさすがの私もその場で「はぁあああ?」と言ってしまった。目玉と顎が落ちるかと思った。私の一存で勝手なことは言えないとはいえ、極力気持ちを抑えて「いや、これは要ると思いますよ。」と言わずにはおれなかった。
吳宇森導演作品でこのセリフを言わせてもらえるなんて至上の光栄だよ?他の誰でもなく自分がこのセリフをもらえるなんて最大のリスペクトってわからんか?監督のファンですって言ったよね?このセリフがどういう意味を持つのがわからんとかありえへんやろ。
とはいえ、通訳としての任務なので導演には伝えねばならない。怒り心頭の私は俳優の控え室を出る時にバシーン!と扉を閉め、プリプリしながら監督の控え室に向かった。そんな私の異常なお怒りを見てとった副導演が「Sophie!どうした!何があった!」と駆け寄って来た。「このセリフ言いたくないとか言うねん!ありえへんやろ?」と怒る私に副導演も「それは無いな」と。
腹立ちを抑えて導演にご意見伺いをしてみた。「このセリフ、削りたいって言ってます。」それまでほとんど全て「それでもいいよ」と言って来た導演も「いやー、これは要るよ、あっはっはー。」と笑いながらではあるが即答でリジェクト。「やっぱ、そうですよね!絶対に要りますよね!」胸をなでおろした。
海外作品なのだから英語のセリフは必須でしょう。それをわかって受けたと思っていたのだけれどね。英語のセリフが結構多いので、撮影が始まる前から香港側が彼専用のダイアログ・コーチを招聘してくれていた。成龍専属の女性だよ?そんなハイ・クオリティの人だよ?撮影の合間や休みの日に練習できるようにと、ずっとスタンバイさせていたのに、レッスンを仰いだのは2回ほど。レッスンするよりはセリフを失くすか極力短くすることに執心していた。セリフ調整交渉の度に通訳として間に入る私は胃が縮む思いだった。
現場ではいろいろある。国が違えば文化もやり方も違うので、すごい剣幕の喧嘩になるミーティングも時にはある。通訳する際にはなるべくそのまま伝えるのが基本ではあるけれど、「バカじゃねぇの」のような火に油を注ぐ単語は敢えて外したり、語気も少し緩めてやったり、なるべく論理的にコミュニケーションを進められるような単語を必死で選ぶようにしている。
積もり積もったそんなストレスも、素晴らしい秋晴れの広々とした公園での「流しそうめん」と岡山の美味しい果物で一気に癒された。(続)