私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(43)『追捕/Man Hunt』- 彩奈だよ -
彩奈
そして私の出番はなぜか日に日に増えていく。二人の中国人俳優は私が突然彩奈の格好でカメラ前に現れても「お!君がやるのか!」と余裕なのだが某お方は・・・。
車で牧場に戻って来る真由美とドゥ・チウを出迎えるシーンは突然呼ばれて軽い説明の後撮影が始まったし、銃弾を避けながら二階から降りてくるシーンも突然増えた。
彩奈、銃弾に倒れる
そうこうしているうちにクルーの一人から「おい、彩奈、お前死ぬらしいな」と言われた。「え?マジ?」「銃で撃たれて死ぬらしいぞ」「うぉー!やったー!」
John Woo 吳宇森電影だよ?銃撃戦のあるアクションものだよ?撃たれてなんぼでしょ?ずっと仕えてきたお嬢様を守って銃弾を食らうなんて映画的にロマンティックじゃない?ストーリー運びの必要性とはいえ、役を膨らませてもらえるなんて栄誉なこと。
その噂は一瞬で全クルーに駆け巡り、翌日から毎朝毎日「彩奈、いつだ?」「今日か?」と皆に聞かれるが、セリフの必要のないシーンばかりなので脚本も上がってこないし、現場で監督とアクション・コーディネイターが環境とカメラ位置を鑑みながら銃撃シーンを組み立てていくので、いつになるのか私にもわからない。
そして、どうやら明日らしい、となった日。何人かのクルーが「えー!明日なの?明日は私、こっちの現場じゃないよ!えー!観たい!Sophie が銃弾に倒れるところ観たいのに!悔しい!」「ちょっと誰かー!写真撮って送ってよー!」と皆で面白がる始末。
いよいよ被弾の撮影
当日、撮影前に監督の奥様に呼ばれた。(奥様もずっと撮影現場に来ていらしたので。)「Sophie、香港映画の撮影では死ぬ役の人には悪いことが起きないようにと紅包を出すのよ。劈邪のおまじない。だから、はい、これ。」と頂いた。
そうなのか。初めて聞いた。様々な場面で縁起を担ぐ香港電影人らしい習慣。とはいえ他の現場では目にしていないので、その縁起担ぎを誰もがやるのかどうかは今だ謎。
撮影前にまずは倒れ方の練習。アクション部のキュート女子Sちゃんに丁寧に教えて頂いた。体操用マットが敷いてあるので倒れても痛くない。「倒れ方、上手ですね。普通皆さん倒れ込むのをビビるんだけど、Sophie さんは素直に倒れてて上手。」と褒めてもらった。倒れ方は上手らしいが、銃弾に射貫かれた時の反応からの倒れ込みが遅いらしい。何度も何度も練習したが、なかなかOKが出ない。VFX担当のA君も「あー、こりゃダメだ。全部 CG だな。」と腹をくくったらしい。監督も「練習ばっかりやって本番で疲れてしまったら元も子もないから、練習はもういい。本番いくぞ!」と諦め気味で本番コール。
いよいよ撮影。初のアクション・シーンで人生初の弾着だと知った爆破のプロが「じゃあ火薬少な目にしておくね」と。痛いのかな。どんな感覚なのかな。ちょっとドキドキした。
実は彩奈、当初は銃弾に倒れる予定など無かった。出番も少ないので準備していたコスチュームは2種類、しかも1着ずつ。予備は無し。この銃弾シーンの服装は時間の流れ的にストライプのシャツにパンツしかありえない。つまり一発勝負でNGは許されない。
人前で話す時もこうやって芝居する時も私はほとんど緊張しない。とはいえ、練習でダメ出し食らっている状態での本番はやはりプレッシャー。しかも監督も VFX のA氏も「後で CG でなんとかするしかない」と諦めモードだし。
全クルーのうちで突如出演することになったのは私一人。香港側はもちろん日本側クルーとも仲良くやっていた私が出演するというだけで皆私の出番を楽しんでいたところに、銃弾食らうとなって期待マックス。その日現場にいた全員(モニタールームにいた数人を除く)が、カメラに映り込まないようにずらーーっと並んで各自の携帯だのデジカメだのを掲げてスタンバイしている。
おいおい、どこの大女優やねん。なんやねん、この撮影隊の人数は。
そしていよいよ本番。私はもうここで Be Water、不安もなにもかも吹き飛んで深く集中する。
「Rolling~~~~ Action!」
殺し屋が窓から飛び込んで来る。ハッ!お嬢様をお守りしなければ!バンッ!うっ!バタッ・・・・
「Cut!!」
「Checking!!」・・・・・・・
監督と VFX 担当者がすぐにチェックする間、恐怖の沈黙が流れる。本番直前よりこの時の方が緊張した。弾着で衣装は血糊がべったり。もう一度となったら血糊が付いたまま撮影して CG で消してもらうという手間がかかる。もう一度弾着をやるとなると火薬と血糊のセッティングにも時間がかかる。頼むからOKであってくれ・・・。
臨時カメラマンとなっていた全クルーはカットの声が掛かった瞬間から、その場にいない仲間に写真だのビデオだの送りまくったり、お互いの写真やビデオを見せあいっこしていて、OKかどうかの判断をドキドキしながら待つ私のことは眼中に無い。
「Good take~~~!!!」
え?マジ?OKなの?やったー!VFX のA君がモニタールームから駆け寄ってきた。「Sophie!騙したな!練習見てたら全然あかんから、あー、もう、全部 CG で補修せなあかんわ・・・ってガックリしてたら!お前!出来る子やったんや!ビックリしすぎてモニタールームで監督と大笑いしたぞ!」
ということで、ざまーみろ、やる時はキッチリやるんだよ、の彩奈。(続)