私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(46)『追捕/Man Hunt』- 遂にダウンして寝ていたら地震が -
小料理屋
前の回でも書いたように、ここには複数のセットを組んだ。その中の一つが小料理屋。女殺し屋二人がヤクザたちをハチの巣にするここ一番のド派手な銃撃祭り。
二人の女殺し屋レイン(ハ・ジウォン飾)とドーン(アンジェルス・ウー飾)が実は姉妹設定なのだが、それに気付いているレビューが少ない。ガールズラブな感じに見て取っている人もいた。脚本を知り過ぎている私は二人が酒井義弘(国村準)が孤児院から拾って来た養女姉妹だという頭で観てしまうので、本来の脚本を知らない観客が本編を観て二人が姉妹であるという設定が容易に見抜けるのかどうかが感覚的にわからない。皆さん、どうでした?
ハ・ジウォンは本当に美人で、でも常にコロコロ笑うキュートな人だった。小料理屋のシーンで客に割り箸を出す際に箸を逆に置いたので、箸置きと箸のセッティングの仕方をそっと教えてあげたら、舌をペロッと出してニコッとした。こういう仕草は自然と出るものなので、彼女は多分本当にキュートな性格の人なのだろう。
NGのはずが
姉妹二人がテーブルに向かい合って食事をしながら大笑いするカットがある。あれ実はドーンがスープをこぼしたのだったと思うが、二人で素で大笑いしてしまってNGになったカット。二人の本当に自然な大笑いの表情を姉妹の仲の良さを表現するが為に敢えて使うという監督の英断に私は唸ってしまった。あのカットの採用はクルーの誰もが想像できなかったのではないかと思う。
遂にダウン
居酒屋のクライマックスの銃撃祭りの前日。導演、副導演、ライン・プロデューサー、プロダクション・マネジャーら錚々たるメンバーに私も参加してミーティングが始まった。いや、始めようとして席に着いた途端、突然物凄い吐き気に襲われた。
「私、ダメだ、吐く。」と言い残してトイレに駆け込んだ。オエオエゲロゲロやってるところに副導演が入って来て「Sophie、大丈夫?」と声を掛けてくれるのだけれど、オエオエやってて答えられない。
副導演はすぐにミーティング場に戻って「Sophie マジで吐いてます。」とでも報告したようで、ひとしきり吐き終えて戻ると、プロダクション・マネジャーが「Sophie、顔色が酷いよ。すぐにホテルに戻って休んだ方がいいわ。ミーティングには日本人は参加しないから通訳いなくても大丈夫。とにかく休みなさい。」と車を手配してくれた。現場とホテルは車で30分かかるので、車に乗っている間にまた吐くんじゃないかと不安だったのだけれど、吐ききってもう胃の中が空っぽなのはわかっていたのでホテルに戻ることにした。
完全に過労と寝不足でのダウン。食あたりでも風邪でもない。その直前までピンピンしていたし、翌日の銃撃戦をワクワクで準備していたのだから。
ホテルに戻って泥のように眠った。寝不足が蓄積しすぎているからなのはわかっていた。翌日の銃撃戦の為にとにかく回復することだけを考えて眠った。
ホテルで療養中に
翌朝。起き上がれない。身体がベッドに張り付いたかのように全く動けない。かろうじて腕は動かせたけれど胴体が起き上がることを拒否していた。
副導演に「どうしても起き上がれない、ごめんなさい。起き上がれたらすぐに現場に行くね。」とメッセージだけ入れて、早々の回復の為にまた寝た。
大きな揺れで目覚めた。私の眩暈ではなかった。ベッドごと部屋ごとぐわんぐわんと大きく揺れていた。鳥取県中部地震だった。震度は6弱だけれど10階の部屋だったので揺れ幅が大きかった。
「おおおお、おい、これ、地震やん。メッチャ揺れてるやん。私一人でベッドにいるねんけど、どうしたらいいん?このままベッドにいるべきなのか、外に飛び出すべきなのか?どうすればいいん?誰か―!って言うても皆現場やん?私一人やん?どうすんのー?」と思いながらベッドに横たわったまま揺られ続けた。
揺れが止まって、どうすればいいのかわらかず、ベッドから降りてドアを開けてみた。掃除のおばさんたちがいた。「揺れましたねー!」と声を掛け合った。久々にベッドから降りて眩暈がした。余震かと思ったけれどどうやら私の眩暈だった。まだ現場に戻れるほど回復していない。今日はもうダメだ。現場には出られない。一番楽しみにしていた銃撃戦だったのにー!
ずっと一緒に作り込んできた一番派手なシーンを逃すという屈辱
この時点で撮影始まってから確か4ヵ月目。関西撮影の頃は私だけ宿泊部屋をもらえなかったので毎日自宅から通った。当然皆よりも睡眠時間が取れなくて疲れる。岡山に移動してからはさすがにホテルの部屋をもらってはいたけれど、関西から引き続き現場+夜中の翻訳でやはり睡眠時間が取れない。この程度のダウンで済んだのは基礎体力があったからだと思う。映画の現場通訳に憧れる方は基礎体力のある健康な体作りから始められたし。
私はこの作品、最も派手なシーンをことごとく逃している。この銃撃戦は最後のド派手シーンだったのに、前日に過労でぶっ倒れてしまって逃した。
奈良で撮影したブライダル・ガーデンに車が突っ込むシーンも三者面談のせいで逃した。
現場のアクション部付き通訳をやっていて、最高にカッコイイド派手な氏0-ンをずっと一緒に作り込んできて、絶対に間近で観たかったド派手シーンをことごとく逃すってどこまでついてないんだ私。(続)
写真:小料理屋のセット前にて。A組B組のそこら辺にいた人達で一緒に。