礼儀の通じない者に、労いの言葉をおくる事は間違ったメッセージとなる。
むかし元寇のおりに、海岸に押し寄せ上陸してくる元軍の兵士たちに対して。
日本の武士たちは、礼儀に従い「やあやあ、我こそは・・・」と名乗りを上げている間に攻撃されて大勢が犠牲になったと言うのです。
これは、こちらの礼儀が通じない相手にたして、いくらこちらが礼儀を尽くしても無意味であったり、時には害にさえなる事があるというひとつの例です。
そしてこれは、安倍総理の辞任に対しても同じことが言えるのではないかと思うです。
安倍総理の政策により、これまでに犠牲になった人々や、その他大勢の人々に対して。
間違ったメッセージを送ってしまう危険があると思うのです。
たとえば、森本問題でも赤木さんが自ら命を絶っています。
コロナでも、もっと早くからしっかりとした対策をしていれば志村さんや、岡江さんはなく成らなくて済んていたかも知れません。
ですから、総理が辞任するのであれば、それらの事の追及を最優先にすべきです。
それなのに、病気で辞める人に労いの言葉も言えないのかとの。
誘導に乗せられる事は、総理の間違った政策により犠牲に成った多くの人たちに対する裏切りにも等しいと思うのです。
そして物言わぬ弱者は自己責任で切り捨てられるだけなのかと、なんとも哀しい気持ちになるのです。
だから、たとえ病気を理由に辞任するのであっても、相手が失政を犯した権力者や政治家であるならば、かける言葉は労いの言葉ではなく、追及の言葉でなくてはならないのです。
これが日本の現在の政権に飼いならされたマスコミでなければ、厳しい質問が飛んでいた事でしょう。
現に海外の報道では、中国首脳の来日とオリンピックの為にコロナ対策が失敗した事や、政治や税金の私物化問題など安倍総理の失政を何の忖度もなく厳しく報道しています。
ですから、安倍総理に労いの言葉を向ける事は、安倍総理にも、その他の多くの国民にも間違ったメッセージを送る事に成ってしまうと思うのです。
そしてそれは、決して日本人の美しい礼儀でなどではなく。
問題の本質を有耶無耶にし、この国の本当に美しいものを壊し破壊尽くしてしまう事に成ると私は考えているのです・・・。
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礼儀の通じない者に、労いの言葉をおくる事は間違ったメッセージとなる
終り
2020.9.1