《天空の城ラピュタ》の音楽
昨日の『風の谷のナウシカ』の続きです。
第2章 天空の城ラピュタ
1.1 音楽を手がける経由とポイント
元々『天空の城ラピュタ』は久石氏が音楽を手がける予定ではなかった が、宮崎駿監督の強い希望で再び久石氏が音楽を手がけることが決まった。そのためイメージアルバムを作成する上で技術的にもコスト的にも、これまでやったものは他にない と久石氏は語っている。
久石氏が『ラピュタ』のシナリオを読んだ時、この作品にはエンターテインメントの要素がいっぱい詰まっていると感じ、世界に一番通用しやすい内容だと久石氏は感じた。明るく健全で、血沸き肉踊り、手に汗握る冒険活劇、このようなインターナショナルな題材であるならば、音楽は圧倒的な迫力があるフル・オーケストラにしようと久石氏は考えた。また『ラピュタ』の作品イメージから受けた印象を音楽でいうと、スコットランドやアイルランドの民謡、つまりイギリスのフォークソングである。そこで久石氏はイギリスのフォークソングをベースにして曲を書くことを決意した 。筆者はこの選択を適切だと考える。なぜなら現代の日本人にとって、イギリスやアイルランドの民謡というのは、音楽体験の原点のようなものだと考えるからだ。というのも、文科省唱歌がイギリス系の民謡をその基にしているからである。《蛍の光》がいい例だろう。ドレミに慣らされると同時に、イギリスの歌を歌わされるわけである。また日本民謡もアイルランド民謡もどちらも五音音階で構成されており、日本の伝統的な音階に非常に馴染みやすいのである。
また久石氏は音楽と効果音、アクションと音楽との相乗効果といった設計にかなりこだわった。例えば、宙に浮く力を持つ「飛行石」が光り出すと同時に音楽が鳴り出し、光りが消えていく速度に合わせて音楽がフェイドアウトしていくというシーンがある。これをオーケストラでやるとどんなに正確に指揮をしていても画面の進行と音楽の進行に微妙なズレが生じてしまう。そんな時はフェアライトというサンプリングマシンを使い、画面と音楽にズレが生じないようにプログラミングができるのである。では、このように彼がこだわった『ラピュタ』の音楽はどのように構成されているのか、紐解いていきたい。
1.2 楽曲分析
1-1 《空から降ってきた少女》
この曲のメロディーは久石譲の代表的な傑作の一つであると言えるだろう。久石譲を知らない人でも一度は聴いたことがある人が多いと思う。映画の中で何回も登場し、《君をのせて》のメロディーでもある。最初にあるピアノのアルペジオの和音が曲を決定づけていると言って良いだろう。As durにおけるⅡの和音にテンションをつけているため、長調にも短調にも聞こえる儚い音を再現している。また、このアルペジオが入った瞬間、映画のタイトルが画面一覧に出てくるオープニングである。この曲が『ラピュタ』のテーマである、と訴えていると筆者は考える。
〈譜例5〉
その後はc mollに転調し、オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴットの管楽器四重奏の素早いフレーズが奏でられる。そのメロディーは19世紀後半のメカニックな機械のイメージを感じる。実際に映画ではこの音楽が流れる時、機会が動いている絵柄がある。
〈譜例6〉
〈図表1〉
〈図表2〉
曲はオーケストラ構成だが、始めは弦楽四重奏で序々に楽器が加わり盛り上がっていく。その後管楽器でこの曲のテーマが演奏され、もう一度はじめのメロディーが繰り返される。その繰り返しの部分は今まで低音の伴奏を奏でていたチェロがメロディーになるなどの入れ替えが見られ、ドラマチックな構成になっている。
1-2 《スラッグ渓谷の朝》
この曲は3部に分かれている。
1部はとても煌びやかである。映画では空から落ちてくるシータをパズーが発見するシーンで使われるが、その神秘的な様子に見事にマッチする音楽と言える。高音の16分音符が特に印象的で、飛行石の浮遊の力が発揮される場面では必ずこの音楽(効果音とも言える)が使用される。
〈譜例7〉
〈図表3〉
2部はタイトルにあるスラッグ渓谷の朝のシーンで使われる曲である。スラッグ渓谷とは主人公のパズーが住んでいる土地である。まさに“朝”という言葉が非常に当てはまる。メロディー自体は4分音符と全音符で構成されているが、フルートが不定期に細かい音符を奏でており、それはまるで小鳥のさえずりのようである。
3部 はパズーが毎朝吹くと言うトランペットの演奏である。イメージアルバムでは《ハトと少年》という題名がついており、活気を感じる演奏である。またこの場面は非常に印象的であり、ほとんどの人がこのメロディーを口ずさむことができる。今までは映像を引き立てるための音楽や効果音であったが、初めて映像より音楽が先駆をなしている。音楽を引き立てるための映像といっていいだろう。このような映像と音楽の手配がさすが宮崎駿監督と久石氏であると筆者は考える。
〈譜例8〉 ハトと少年のメロディー
〈図表4〉
1-3 《愉快なケンカ(〜追跡)》
この曲は2部で構成されている。
1部はパズーの親方とドーラ家との面白おかしいケンカのシーンの音楽。映像の動きに合わせた音楽でまさにサウンドトラックと言える曲に感じる。当時のフィルム1/24コマまで正確に合わせた 久石氏の巧みな技が見られる。そして今までのメロディックな印象とは違い、リズムとシンコペーションを重視しているのが見られ、和音も♯9などの少し不協和音に感じる響きを構成している。ストリングスが8分音符を軽やかに刻んでおり、この刻みのリズム形式は2部の《〜追跡》の音楽でも使用されている。
〈譜例9〉愉快なケンカ
2部は鉱山軌道での追跡シーンの音楽である。とても緊迫感があり、1部で使われている8分音符の刻みがストリングスからスネアドラムとホルンに変えられている。しかしここでは蒸気機関車の音を表現している。譜例10の4小節目の16分音符はストリングスであり、《〜追跡》のメインメロディーと言ってよい。
〈譜例10〉〜追跡
またこの曲の終盤には《ドーラ》のテーマの曲が使われており、キャラクターのイメージメロディをうまく使用している。
〈譜例11〉左手に《ドーラ》のテーマ
譜例11の2小節目の4拍目から《ドーラ》のメロディーが奏でられる。
1-4 《ゴンドアの思い出》
この曲は3部で構成される。
1部は主人公のパズーとシータの2人が鉱山口に落ちていき飛行石が光り出すシーンの音楽。Am11thという独特のコードで不思議な世界へと導かれる印象を受ける。その後は譜例13のように8分の6拍子で《君をのせて》のメロディーをバリエーションのような形で演奏する。透明感に溢れ、神秘的な飛行石の光を印象付ける。
〈譜例12〉イントロ
〈譜例13〉《君をのせて》の変奏
2部はフルートがメロディーでハープの伴奏が特徴的である。シータの故郷であるゴンドアをイメージした曲であり、久石氏のメロディックな旋律を漂わせる。
〈譜例14〉ゴンドアの思い出のメロディー
3部は(Cm79=暗さに深刻さが加わったような感じ)の緊迫感のあるコードのシンセ音とヘ音記号にあるアクセントが絶妙な効果を生んでいる。これは主人公2人が軍に捕らえられるシーンを演出する。
〈譜例15〉
1-5 《失意のパズー》
この曲はオーケストラで他には出てこない固有のメロディーを演奏する。バイオリンの音色がとても美しく、失望したパズーの気持ちを表現するメロディーとなっている。オーケストラで他には出てこないメロディーではあるが、のちに提示する《シータの決意》という曲に似ている。譜例17はその類似部分である。『ラピュタ』の6割ほどの曲はCmのコードを多く使用しており、c mollを軸に全体的な曲を作っている印象が見られる。そしてシータとパズーという似た者同士(映画の設定ではお互い両親がいない)を表現するには、音楽も類似した部分を提示しなくてはならないため、似たような曲になったと考える。
〈譜例16〉失意のパズー
〈譜例17〉《シータの決意》の類似部
1-6 《ロボット兵(復活〜救出)》
この曲はタイトル通り、壊れて動かなかったロボットが復活したシーンとパズーたちがシータを救出しに行くところの音楽である。フラップターと呼ばれるのハエのような高速の空飛ぶ乗り物の雰囲気が表現されている。最初と途中に《ティディスの要塞》のメロディーに変化する。そして救出したあとは一変、演奏していたコードがそれまでのマイナーコードからメジャーコードへと変化し、心情を表現する音楽となっている。
〈譜例18〉ティディスの要塞のテーマ
〈図表5〉ティディスの要塞
8分の6と8分の5拍子の2小節で1つのフレーズであり、徐々に音形は上行していき緊迫する雰囲気を表現している。また音程にも特徴があり、譜例18の1小節目の1拍目のソ(G)の音と2小節目の1拍目のド♯(Cis)は増4度の関係にあり、これはトリトヌス(悪魔の音程)と呼ばれている。このような音程は緊迫した恐怖と隣り合わせにいるようなイメージを与える。クラシックの有名な楽曲では、ホルストの《火星》でこのトリトヌスは使われており非常に効果的である。
〈譜例19〉フラップターの音(2小節目から)
〈図表6〉フラップター
図表6がフラップターと呼ばれる乗り物であり、譜例19の2小節目がその乗り物をイメージした音であり、音色はシンセサイザーで出したフラップターの羽の音によりイメージを合わせた電子音である。この場面ではまだシータはとらわれの身であったため、短調を使用している。しかしその後、シータの救出を完了したあとは、同じ音形を長調にしている(譜例20参照)。
〈譜例20〉
1-7 《タイガーモス号にて》
この曲は2部に分かれている。
1部はフラップターのテーマである。シータとパズーがドーラ一家のタイガーモス号で働くことになり、ドーラの息子たちが陽気にはしゃぐシーンである。譜例21の2小節目からのピチカート奏法のストリングスのメロディーが、とても軽快なイメージを与える。その後はこの映画のテーマ曲とも言える《君をのせて》をフルートが軽快に演奏する。
〈譜例21〉フラップターのテーマ
2部はカーン、カーンと金槌を叩く鉱夫のイメージ音をイントロに始まる。明るく陽気な音楽から始まり、ドーラがシータに仕事を与える場面ではドーラのテーマが流れる。海賊の長であり、息子たちの母親であるドーラの迫力と力強さを感じるテーマはよりこの場面で大きな効果をもたらしている。
〈譜例22〉陽気なメロディー
1-8 《シータの決意》
この曲は今までとは志向が違い、久石氏が演奏したピアノソロとなっている。映画の中ではラピュタに上陸したあと何度か登場する。ラピュタの700年の沈黙を表したかのような非常に奥の深い旋律とアルペジオの伴奏が特徴である。出だしは右手の単旋律で始まり、その後は《空から降ってきた少女》のアルペジオのイントロを挟みメロディーに移動する。曲全体の構成にとても透明感があり、まさに久石メロディーを感じる作品である。
〈譜例23〉
1-9 《天空の城ラピュタ》
この曲は2部で構成される。
1部はオーケストラ構成のフェードインではじまり、ラピュタの壮大感を強調する。神秘的なピカピカという感じのシンセ音をバックに、印象的なホルンの旋律からスタート。いろいろな楽器が入れ替わりメロディーを構成している。ゆったりとしたメロディーはラピュタのスケール感を表現しており、バックのシンセ音とオーケストラのかみ合い方がまた素晴らしい。
〈譜例24〉バックのシンセ音
〈譜例25〉ホルンの旋律(2小節目の左手)
2部はシータの決意でも出てきた、天空の城ラピュタのもう一つのテーマ。さびしげなメロディーですがオーケストラで壮大に構成され盛りあがる。 映画の中では前半のシーンでも使われ、パズーの心情の表現を表している曲とも言える。
1-10 《ラピュタの崩壊》
杉並児童合唱団による合唱である。今回は対称的に《君をのせて》のメロディーをハミングで合唱する。まるでパレストリーナのような神聖な教会音楽のような雰囲気が漂う。映画では主人公二人がラピュタの破壊の言葉を唱えるときに使用されている。
以上です。
【参考文献】
・I am-遥かなる音楽の道へ-』久石 譲