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帰り道を振り返る日
久しぶりに友人と長電話をして、最終的に寝たのは朝の六時。起きたのはやっぱり午後四時頃だった。
昨日新宿を散歩したあと、電車で帰るのが惜しくなって徒歩で帰ることにした。歩いて大体二時間強。歩くのは好きだし電車賃の節約目的で新宿から歩くことはあるけど、違う道を歩きたくて、いつもの最短で自宅まで歩くルートではなく、小田急線に沿って歩いてみることにした。
新宿バスタの横、気になってはいたがなかなか行く機会がなく、気になったので曲がってみると、スターバックスがあった。夜に映える照明で道全体がオシャレに照らされていた。代々木のビルがよく見える。夜だと落ち着きのあるオシャレな雰囲気だが、きっと昼間はとても賑やかなんだろう。何かイベントがやっていたらしく、キッチンカーがいくつか並んでいた。そのうち昼間にも来てみたい。まるで日本じゃないような、ドラマの中にいるような、素敵な知らない道を知ることが出来た。
地図と格闘しながから線路沿いを歩くと、いつもはただ電車で通り過ぎてしまう駅の魅力に気づく。小田急線に乗る時は大抵新宿へ向かう目的のため急行に乗るし、各停でも途中の駅で降りることはない。住宅街をぬけ線路の上の橋を渡ると、オレンジがかった暖かい色の街灯が並んでるのが見えた。駅に向かって坂になっていて、綺麗なところだ、なんて思って自分の立っている橋を見ると、参宮橋、と書かれていた。
街灯の並んだ坂を降りて参宮橋商店街を歩く。所々ヨーロッパのような異国を思わせる外観の建物やお店の印象を受けつつ、街灯は日本風にデザインされている。素敵なパン屋さんの看板を見つけたので、機会があればオープンしている昼間に寄って買ってみたい。穏やかな雰囲気とともに、道に面したバーから賑やかな話し声が聞こえてくる。三連休の真ん中の夜。大人たちの楽しそうな夜が垣間見えた。
代々木八幡駅にたどり着きそうな頃、小道を歩いていると女性の声が聞こえた。チラッと横目で見てみると、居酒屋の駐車場に女性二人が座っていて、一人が頭を抱えていた。
「あたしいつになったら美容師なれるんだろ」
「アシスタントだもんね…」
そんな話をしていた。将来に対する不安は、やはりみんなが抱えるものなんだな、と思った。
「いつになったら…」
その言葉なら私もいつも思っている。いつになったら自立できるのか。もう随分長いこと役者の夢を追っているが、いつになったら叶うのか。いつになったら普通の大人になれるのか。いつになったら不安にならずによくなるのか。いつになったら…。楽しそうな大人たちの夜と同じ夜に、頭を抱える若者が二人。私を含めればもう一人。近くて遠いコントラストがそこにはあった。
代々木上原に向かって歩きながら、去年花屋でアルバイトしていたことを思い出した。祖母が生け花の先生をしていたこともあって、昔から植物が好きで、思い切って花屋のバイトに応募した。植物の知識が増えていくのが楽しくて、仕事はやりがいがあったが、店長とは話が噛み合わず、勝手にシフトを減らされたり、かと思ったら休みの日に人手が足りないから来て欲しいと呼ばれたり。何より指示の仕方が、一を伝えるのに百話す、ような人なので、最終的に何を言いたいのか分からなくなってよく混乱した。ダブルワークをした時期に体調を崩し、花屋の勤務中に倒れてクビなったが、クビ、というのも店長は自分の口から言いたくなかったらしく、「つまりクビですか?」と私に言わせようと長々と理由だけを話していた。何となく途中から察していたが、私は店長の口から聞きたかったので「つまり…?」だけ言っていたが、クビ、という言葉を使わずにクビの理由だけを繰り返し話して二、三十分は経っていた。さすがです。根負けです。最終的にはクビを伝えた店長が傷ついたような顔をしていたので、何故かクビにされた私が、気にしないでください、と店長を気遣った。最後の出勤日に知ったが、他のスタッフには私はクビではなく、辞めると伝えていたらしく、辞めるんですか?、と聞かれて、クビにされちゃいました〜、と言うとめちゃくちゃ驚かれた。極めつけは、クビにされたのにも関わらず、何故か退職の花束を渡された。店長は満面の笑みだった。その状況が私は何よりも気持ち悪くて、花束も綺麗だったが持って帰りたくなくて通りすがりの親子にあげた。お父さんと一緒に自転車に乗っていた女の子は、お母さんにあげるんだ!、と喜んでいた。
あの店長は信じないだろうが、私は本当に花屋の仕事は好きだったのだ。花を買いに来るお客さんの接客も好きだったのだ。ダブルワークで体調を崩したので花屋一本に戻そうと片方を辞めたばかりだった。仕事は下手だったかもしれないし、体調も崩しやすかったから、クビにされても仕方がないと納得はしているが、確かに仕事は好きだった。花束の作り方も少しづつ教えて貰ってた。作れるようになりたかった。あの花束だけは貰いたくなかった。
そんなことを思い出しながら、あの花屋の横を通った。きっと私のことはもう覚えられていないのだろう。あの店長は変わらず花束を作り続けているのだろうね。
下北沢の方へ近づくにつれて、活気のある声が聞こえてきた。人が話しているのを聞いて、ふと地元の友人に電話をかけた。いつも忙しくしていて中々繋がることはないのだが、久しぶりに繋がって声を聞くことが出来た。もう半年くらい話していなかったらしく、お互いの近況報告に驚くことばかりだった。バイトを探していると言うと、電話の向こうで探すのを手伝ってくれた。地元は東北なのに東京のバイトを見つけて提案してくれた。ありがとう、本当に。下北沢の駅前で三十分くらい話して、買い物しながら、話しながら帰って、帰ってからも話した。気づいたら四時間も話してしまっていた。今日が休みらしく長電話に付き合ってくれた。いつも仕事で忙しくしてる分しっかり休んで欲しい。
いつもより長くなってしまったが、やっぱり散歩は楽しい。友人と話していたらまた遊びたくなった。私が実家に帰るか、あいつが東京にきた時にでも、一緒にどこかへ行きたい。