【まとめ読み】騒音の神様 40〜43 学生拳法家、垂水登場
神様が、盛山の事をハナモリ、「花守君」と言って喜んでいた頃。関西の元気な大学生が怒り狂っていた。「なんやそれ、十人以上もおって、みんなボコボコにされてんの。アホちゃうか。」怒っているのは、関西の大学に通いながら、たまに日雇いで万博工事に来ていた男だった。万博工事に来ていた大学生は、タバコの煙ただよう現場で皆の話に聞き耳を立てていた。「ヒジ討ちの男が、また来たらしいで。」「合気道のやつがやられたらしい。」「現場には二十人以上おったらしい。」「三人は、アゴ叩き割られたって。」「ヒジ討ち男は、爺さんと二人組。武器は使ってないらしい。」。そんな話を聞きながら、関西の大学生は怒りが込み上げてきた。「なんなん、らしいって。中途半端やわ。二十人以上もおって、なんなん、一人にやられて。気持ち悪いわ。」体の逞しい大学生は、いきりたっていた。「俺が倒したるわ、そいつ。二十人も一人で倒せる奴なんか、おらんよ、おらん。みんな騙されすぎ。俺が倒すから。」そう言っていきまいた男、垂水 拳(たるみず けん)。子供の頃から近所の神社や公園の武道の練習に参加し、大学生となった今は拳法サークルを作って活動している。普段行っている稽古は、顔面に剣道のお面のような防具をつけて行っている。顔面パンチあり、蹴りあり、投げあり、関節技ありの激しいものだ。子供のころからそんな武道、格闘に触れていたので相当戦いには自信があった。また、日雇いアルバイトには、拳法サークルの仲間も一緒に来ていたので自分達なら楽勝だろうと思った。垂水は言う。「俺らが成敗しますわ。楽勝でしょ。そいつら、どんな奴ですか、」。垂水は情報を聞き出し、仲間と共有し準備を始めらようと思った。「あいつ倒したら、日当あげてくださいよ、」垂水が日雇いのリーダーに言うと、日雇いのリーダーは、「当たり前や。それだけやないで。現場におる奴全員が、五百円札、いや千円札お前らに払うわ。一人倒すだけで、えらい収入になるで。」と笑いながら言った。垂水は自信満々に、「それ、全部俺らの総取りやで、」と言って拳法サークルの仲間三人で大笑いした。「はよ来い、ヒジ討ち男。吹田の拳法なめんなよ。」
垂水は日雇いの仕事を終えると、仲間と三人で自分達の足で駅まで走った。現場の車に乗り合わせることも出来たが断った。垂水が「俺ら、走って帰るんで。」と言うと、他のおっちゃんが「元気やなあ。若さやなあ、」とみんなで笑いながら一日の仕事を終えた。駅まで相当な距離だったが、充実感を持って走り続けた。次の日、大学の拳法サークルで垂水はサークル部員にヒジ討ち男の話をした。「二十人相手に、素手で勝ったらしい。それも一度だけではなさそうや。今出会える、最強の男に間違いない。」一通り垂水と一緒に日雇いに行った男二人がヒジ討ち男について聞いたことを話す。そして垂水はサークル部員の皆に言う。「今日からヒジ討ち対策の練習をする。皆、ヒジ討ちに慣れるんや。俺にもヒジ討ちでガンガン来てくれ、ええな。」みな、剣道に似たお面をつけてヒジ討ちをなんとなくお互い繰り出してみる。「こうかな、」「今のええんちゃうかな」等と普段やらないヒジの練習を楽しんでいた。段々と当てる強さを強めていくと、「あかん、お面でヒジが壊れてまうで。」となり、皆がお面をはずしてのヒジ討ち練習が続いた。「お面無しでは、思いっきり殴られへんけどしゃあないなぁ。」と言いつつも、充実した練習になった。皆、汗びっしょりで息を切らしていた。垂水は練習の最後に、「これからしばらくヒジ討ち対策の練習や。ヒジ討ちに慣れること、自分も打てるようになること。それから反撃のパターンも増やしていこ。打撃はもちろんやけど、投げ技、関節技も試していこ。」拳法サークルの皆は、新しい技の練習に刺激を受けていたし何よりヒジ討ち男と言う存在に気持ちが昂ぶっていた。垂水が言う。「皆、頼むで。俺が、俺らがヒジ討ち男倒すからな。それをこのサークルの勲章にするんや。」垂水はやるき満々だった。
垂水が「打倒ヒジ討ち男」に向けて練習を始めた頃、神様はしばらく万博襲撃を休むことを決めていた。盛山花守の、背中の傷が気になっていたからた。盛山は「全然平気ですよ、かすり傷ですから。屁でもない、」と言ったが実際盛山の体のダメージは大したことが無かった。それでも神様は「そうか、盛山君、いやハナモリ君。まあでも何日か一週間か、万博遠征はお休みや。」と言った。それから神様は「まだ、名前呼ぶのに慣れてないな。花守君、花守、まあ、これから慣れていくわ。万博行くのは、花守の呼び方にわしがなれた頃で。」そう言うと盛山は少し笑顔になりながら「わかりました、神様。」とだけ言った。
しばらく戦いがお休みになった盛山、いや花守はバイクの練習に行くことにした。花守は相当カブが気に入ったようで、カブに乗る事を楽しみにしている。花守はカブに乗り、河川敷に走りに出かけた。平日の午前中は、のどかだ。日曜日には、他のバイク乗りが走っていることがあったが今日は花守だけだった。花守は、雑草地帯を走り、土手を走り、川岸を走る。何度も足で地面を蹴りながら、体勢を戻しこけないように走る。花守は、神様を乗せてこけるわけにはいかないと思っていた。特に速く走ることは考えていなかった。カブはそんなに早くないし、重たい自分が乗り、神様を乗せて二人乗りでそんなに素早く走れるとも思っていなかった。花守はカブを楽しみながら、安全に走れればと考えている。特に神様の安全第一で。花守は、安全と言うことを何にしろ考えたことが無かったが、ことバイクに関して「安全第一」と思っていることが可笑しかった。「まさかの俺が安全第一、危険が好きやのに安全第一。」自分で口にしながら笑った。
盛山がしばらくバイクの練習に励んでいる頃、垂水はさらに激しい練習に打ち込んでいた。一対一だけでなく、協力して一人を倒す練習を始めた。サークル仲間達からは、「複数で一人やっつけるって卑怯ちがうか、俺ら拳法家やで。」だとか、「複数練習は、一人で何人か倒すための練習やろ。それが三人で一人倒すとか逆や。簡単すぎるやろ。」などの意見が出た。しかし垂水は、話に聞いたヒジ討ち男のことをなめてはいなかった。垂水は皆に、「分かってないな、みんな。ゆうとくけど、工事現場には喧嘩自慢なんか山ほどおるんやで。力自慢もようさんおる。その喧嘩自慢のおっさんら相手に一人で二十人やで。スコップ持った相手に一人で二十人倒すんやで。なめすぎやろ。相手は怪物やと思え。人間やと思うな。」そう言って練習を再開する。垂水が、「俺が本気だすから、三人でかかってこい。本気で来いよ。」そう聞いた拳法サークルの男達が三人一組になり、垂水に襲い掛かる。垂水は、相手が手加減していると分かると躊躇なく思い切り殴り飛ばし、思い切り蹴りを入れた。「本気出さんと練習ならんぞ。思いっきり来い。それからちゃんと作戦立てろ。何も考えんと来ても無駄や。次や、次来い。」垂水も三人組として練習したかったが、垂水が強すぎてひたすら一人対三人の戦いを続ける。垂水は、自分がヒジ討ち男になった気持ちになって練習を続ける。そして各三人組の作戦力が上がっていく。足首に飛び込み、とにかく足一本の自由を奪うもの。後頭部と背中への攻撃ばかりする者。二人で両足首を抑える作戦、など。垂水はヒジ討ちを打てる所ではなくなり、サンドバッグ状態が多くなった。やっと垂水は、「よし、ヒジ討ち男役、順番に代わっていこか。」と言った。垂水は息が上がり、相当殴られ蹴られてボロボロ状態だったがまだまだやる気満々だった。準備に、ヒジ討ち男役が三人にボコボコにされる練習が続いた。垂水は自信を持った。「この練習をしてたら勝てる、間違いない。」垂水は慌てていなかった。「ヒジ討ち男には、必ず出会える。慌てんでええ。日雇いに行ける奴は、必ず三人で行こ。」そう言って、垂水は決戦の準備を整えていた。だが垂水には、まだまだ練習したいことがあった。二人対一人、四人対一人、五人対一人。垂水が想定すればするほど、ヒジ討ち男に勝てる自信が湧いてきた。もちろん、想定だけでなく全ての想定を必死で練習する気だった。