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ポストモダニティの条件としての「時間と空間の圧縮」——デヴィッド・ハーヴェイ『ポストモダニティの条件』を読む
この後、「時間と空間の圧縮」という概念にたびたび言及することになるだろう。この概念によって私が示そうとしているのは、私たちが世界を表象する仕方を、ときにはまったく変えざるを得ないほど、空間と時間の客観的性質が根本的に変化する過程である。「圧縮」という語を使うのは、資本主義の歴史は明らかに、ときに世界が私たちに向って内側へと崩れかかってくるようにみえるほど空間的障壁を克服しながら、生活のペースを加速することによって特徴づけられてきたと強く主張することができるからである。空間を横断するためにかかる時間と、私たちが一般にその事実を表象する仕方は、私が思い描いているような諸現象を示すのに役立つ。よく知られた二つのイメージを用いれば、空間は電子通信の「地球村」、経済的かつ生態学的に相互依存した「宇宙船地球号」へと収縮しているようであり、さらに、存在するのは現在ばかり(統合失調症の世界)という点にまで時間的地平が縮められるにつれ、私たちの空間的、時間的な諸世界が圧縮しているという圧倒的な感覚にいかに対処するのかを学ばなければならなくなる。
デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey、1935 - )は、イギリスの経済地理学者である。専門は人文地理学・社会理論・政治経済学・批判地理学。ケンブリッジ大学より博士号取得。ブリストル大学講師、ジョンズ・ホプキンス大学准教授・教授、オックスフォード大学教授を経て、現在、ニューヨーク市立大学名誉教授。『資本論』を中心とするマルクス主義を地理学に応用した批判地理学の第一人者。彼の教育・研究・政治的関わりは、社会的不公平に対する深い関心を反映している。今日、地理学分野では、世界で最も多く論文が引用される学者である。
本書『ポストモダニティの条件』(The Condition of Postmodernity: An Enquiry into the Origins of Cultural Change)は、ハーヴェイの1990年の著作である。本書は経済地理学者・都市社会学者のハーヴェイが、「現代とはいかなる時代か」「近代と現代とを隔てるものとは何か」というポストモダン理論の問いに挑戦した一冊である。1970年代以降、思想、建築、芸術などの各分野で「ポストモダン」なる語が氾濫していくなかで、ハーヴェイはその核心を資本の回転の加速による「時間と空間の圧縮」に見いだす。フォーディズムからポストフォーディズムへの転換も、グローバル化とそれが引き起こす不均衡な発展も、「ポストモダニズム」も、すべての根底にあるのはこの原理にほかならないと、ハーヴェイは主張する。
ハーヴェイは、まず「モダニティ」をパラドキシカルなもの、両義的なものとして捉える。ハーヴェイにとって、モダニティの核心は、「一時的なもの」と「永遠のもの」、「うつろい易いもの」と「不易のもの」、「分裂」と「刷新」とのつながりにある。まさにこのモダニティのパラドクス/両義性に立ち入りながら、ポストモダニティへの問いが発せられる。つまり「ポストモダニズムはモダニズムとの根本的な断絶を示しているのか、あるいは、「ハイ・モダニズム」に対するモダニズム内部での反乱にすぎないのか」という問いである。
ハーヴェイは、ポストモダニズムを「モダンに対する反動」として描きうるとする。その上で、それは「真の感性の状態」、すなわち現実社会に対する「本当の「感情の構造」」であるとしている。しかしながら、ポストモダニズムは自律的な芸術的潮流としてあるのではなく、それは「後期資本主義の文化的論理」にすぎないとする。それがもし意味を持つとすれば、〈いま〉という歴史的文脈をおいて他にない、とハーヴェイは言う。
地理学者としてのハーヴェイが関心を寄せてきたのは、資本主義のもつ歴史的・地理的発展のダイナミズムであった。資本主義は何よりも「特定の、固定化され動かすことのできない空間を創り出すことが必要」であり、この空間的調整という時空間の再編によって動いてきた。資本主義が危機を回避し、新たな蓄積の時期への基礎を形成しうるのは、まさにこの「空間的調整」を通してである。そして、マルクスの「時間による空間の絶滅の追求」という命題に依拠しながら、フォーディズムからポスト・フォーディズムにおけるフレキシブルな蓄積への転換の要となる時空間の経験/再編に目が向けられる。それが「時間と空間の圧縮」である。
「空間と時間の圧縮」とは、資本主義の歴史において私たちが空間的障壁を克服しながら生活のペースを加速していく状況と、そこにおいて私たちが世界を表象する仕方をまったく変えざるをえないほど、空間と時間の客観的性質が根本的に変化する過程を表している。つまり、フォーディズムからポスト・フォーディズムにおけるフレキシブルな資本蓄積のモードへの移行によってもたらされた「ハイパー・スペース」化の時間と空間の経験である。そしてそれが「表象の危機」(デヴィッド・フリードリックス)と結びついているとしたところに、ハーヴェイの傑出した点がある。