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ブリコラージュと地域医療―フレイレの思想より

パウロ・フレイレという教育者がいた。

彼はブラジルの貧しい地域に生まれ、苦労して大学法学部を出た後、文字の読めない貧農が多く住む地域に行き、彼らに識字教育をおこなうとともに、自分たちの境遇を考え、自分たちの暮らしと生活を変えていく教育(「意識化」の教育)をおこなった人である。

彼は従来の教育を、知識をただ蓄積するだけの「銀行型教育」と呼んで批判した。このような教育では、生徒も教師も共に「非人間化」されてしまう上に、社会における抑圧的な態度や行動が助長されてしまう、と考えたのである。

彼が目指したのは「対話」による教育である。彼の思想は、批判教育学という形で現在にも継承されている。

彼は非識字者の農民たちにどのように文字の読み書きを教えたか。それは大変ユニークな方法であった。例えば下記のような図を使ったのである(文献1より引用)。これは「自然的世界ならびに文化的世界のなかに存在し、それらとともに生きる人間」というタイトルがつけられている。

フレイレの図1

この絵には、ブラジルの農民たちが暮らしている環境やふだん使っている道具などが描かれている。この絵を使ってフレイレは彼らに問いかける。「これはどのように使うものですか?」と。次には「これはどのように作られたのですか?」「なぜそれはそこにあるのでしょう?」「これは形を変えるとどのようになりますか?」と対話を繰り返しながら、共に文字を覚えていく。

そうした対話の中で、農民たちは、自分たちが使っている道具や環境、自然、生物といったものが、そこに当たり前にあるのではなく、さまざまな影響から成り立っていること、また自分たちの力でそれを変えていくことができることを学ぶ。このプロセスを彼は「意識化」と呼んだ。

さらにフレイレは、言葉そのものさえも変形可能であり、新しい言葉や語彙を、必要最小限の言葉(生成語)から作ることができることも教えていた。「生成語(generative words)」とは、人々を自分の課題に直面させるような言葉という意味である。これに関して、彼はこう述べている。

認識行為であればこそ、成人識字過程は、学習者をして、自分たちのなまの現実状況をたえず課題化する活動に従事させなければならない。この課題化の活動には生成語(generative words)が使われる。それらは、予想される学習者の必要最小限の言語世界と私たちが呼ぶものを、予備的に探求するなかで、専門の教育者たちが選びだしたことばである。(文献1, 68ページ)

ここでは、レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ(器用仕事)」に近いことがおこなわれている。フレイレは、コミュニティに住む人々の課題を、彼らの身の回りの道具や概念を使って、それを組み合わせることで解決できるようにすること、すなわち「意識化」の教育をおこなおうとしていたのである。

彼がおこなおうとしていた教育のプロセスそのものがブリコラージュであるが、パッチワークのように、普段づかいの言葉を組み合わせることで新しい言葉(生成語)を作ることができるという方法にも、ブリコラージュ的な思想が反映されている。

識字教育の他に、フレイレの思想と方法論が源流となっている活動に、参加型アクションリサーチ(community-based participatory research)というものがある。これは、地域コミュニティに住む人々の課題をとらえ、それを地域の人たちと専門家が協働して課題解決に取り組むアプローチである。

地域医療・福祉においては、家庭医や保健師、地域の福祉活動に取り組む専門家がこのアプローチをとって、地域の健康課題・社会的課題の解決に取り組むことがある。私もその活動に関心を持つ一人であるが、このとき、フレイレのこの思想を忘れないようにしている。あくまで、エコロジカルに、外から資源をできるだけ持ち込まずに、コミュニティの人々と対話を続け、「ブリコラージュ」しながら地域へのアプローチを進めたいと思うのである。


参考文献

1. 赤尾勝己. 第3章 意識化理論―P・フレイレの成人識字教育をめぐって. 生涯学習理論を学ぶ人のために. 世界思想社, 2004.

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