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"Stay Home"プレイリスト (ジャズ・クラシック編)

 はじめに
 
 さて、今回はジャズ・クラシック編のプレイリスト。こうやってジャズ・クラシックと並べてしまうと、全然違う音楽なのに、と思われる方がいるかもしれない。でも、この2つのジャンルは僕の中で勝手な共通点がある。「聴き疲れ」しないのだ(アヴァンギャルドすぎるものを除いて)。R&Bもハードロックもクラブ・ミュージックも大好きだけれど、家にいる時はだいたい僕はジャズかクラシックを聴いている。シンプルに言って、この二つのジャンルのファンなのです。
 そして一口にジャズ、クラシックと言っても時代によって全く音楽そのものが違う。例えばファッツ・ウォーラーとブラッド・メルドー、バッハとストラヴィンスキーみたいに。でもファッツ・ウォーラーの音楽が無ければブラッド・メルドーの音楽は存在しえなかっただろうし、バッハとストラヴィンスキーだって同じことだ。そういう時代の流れとか音楽の進化を、ある程度の肌感覚でもって感じられるようになると、いよいよこの2つのジャンルから離れがたくなる。たまには蘊蓄だって語りたくなる。友達が減りそうなので実際にはあんまりやりませんが。
 とにかく、ポップス編のプレイリストと全く同じように、今僕が家で聴きたい5曲についての文章を書いた。自分の大好きな楽曲への思い入れを文章にするのは楽しいということが、今回身に染みてよくわかりました。
 僕が今回選んだ5曲は以下の通り。

 But Beautiful / Tony Benett and Bill Evans
 Lush Life / Phineas Newborn Jr.
 ピアノ協奏曲 ト長調 第2楽章(ラヴェル)/ Monique Haas and Orchestre National De France
 子守歌 (ショパン)/ Maurizio Pollini
 Spotlight / 園田涼

 それでは早速1曲目。

But Beautiful / Tony Benett and Bill Evans

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 まだまだ現役で素晴らしいヴォーカルを聴かせてくれるトニー・ベネットと、ピアニストのビル・エヴァンスのデュオアルバム「トニー・ベネット・アンド・ビル・エヴァンス・アルバム」に収録された一曲。あまりにそのまんまなアルバムタイトルだ。
 この曲を選んでおきながら何なんだけど、僕は普段ジャズの歌モノをあまり聴かない。もちろんナット・キング・コールもエラ・フィッツジェラルドもサラ・ヴォーンも大好きだけれど、インストものを聴く頻度に較べればずっと少ない。
 でも、このトニー・ベネットとビル・エヴァンスのデュオアルバムは僕にとって特別だ。1曲目の「ヤング・アンド・フーリッシュ」から最後の「ワルツ・フォー・デビ―」に至るまで、ベネットの辛口で骨太で優しい歌いまわし、エヴァンスの硬質で、限りなくロマンティックな音色とハーモニーが一瞬たりとも失われることはない。ジャズ評論でよく使われる「リリシズム」という言葉は、まさにエヴァンスのピアノを形容するためだけに存在するような気がしてくる。
 このアルバムは高校時代に、僕のジャズピアノの師匠だった中村葉子先生に教えてもらった。僕は世界史の教科書を読み、古文単語を覚え、微積分に励み、そして一日の終わりにこのアルバムを聴いた。だから今でも僕は夜にしかこのアルバムを聴かない。というか聴けない。
 どの収録曲も――例えば「ワルツ・フォー・デビ―」みたいなエヴァンスの有名曲も――素晴らしいんだけど(モニカ・ゼタールンドとエヴァンスのデュオアルバムに収録された「ワルツ・フォー・デビ―」も全く趣が異なっていて楽しい)、そんな中でも「バット・ビューティフル」の出来は格別だと僕は思う。その場の空気とか感情によって自由に演奏する音が変わっていくのがジャズの醍醐味だけど、ここまで完璧なイントロ、歌なかのバッキング、そしてエンディング…を遺されてしまうと、もうこの曲はこのアプローチ、この和音の選択で演奏するしかないんじゃないか?という気さえしてくる。だから僕は今に至るまで、この曲を人前で弾いたことがない。中村先生はレッスンの初期に「エヴァンスのピアノは、対位法的なの」と教えてくれた。当時はタイイホウが何なのかなんてさっぱりわかっていなかったが、今、改めて聴き返すと彼女の意味したことがよくわかる。
 大学生の時、ちょっと年上の女の子と渋谷のバーに入るとBGMでこのアルバムがかかっていた。僕がこのアルバムの素晴らしさを話すより先に、彼女が「このアルバム、前の彼氏が大好きだったんだよね」と言った。大学生でジャズの話を出来る友達なんてほとんどいなかったから僕はびっくりしたし、会ったこともない彼女のかつての恋人に強い親近感を抱いた。彼女の名前も覚えていなければ顔もほとんど思い出せないけれど(唯一覚えているのは彼女が広島出身だったことだ)、でもその時に僕が感じた、何とも言えない優しくて幸福な気持ちは、今でもはっきりと思い出せるのだ。

2曲目。

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