阿鼻叫喚の光景が見えたとき、もうここには住めないと思った。

都内で警備の仕事をしていたことがあります。
電気や電話などの工事車が作業をする間私たちは交通に齟齬が起きないように交通誘導するわけです。
渋谷区、品川区、新宿区、荒川区、練馬区。
丸一日。あるいはそれ以上、私たちはその場所でそこに住み行き来する人々の生態を定点観測することになります。
工事に毒づきながら自転車を走らせる女性。
夢遊病のように歩く若者。ホームレス。
町の素顔を私たちは見ることになるのです。

そんなある日、私は渋谷区の現場である幻視をしてしまいます。
それは、大震災並みの何かが起こって流通がストップした都会の有様でした。避難先の公園は黒山の人だかり。水道とトイレには長蛇の列。
長期化すると小洒落た地域は一転、地獄と化します。富裕層が逃げ去った後、治安を守る者などいない中、強姦・略奪が日常化。
殺人さえ日常茶飯事になる。
そんな阿鼻叫喚の図を。

次は私だ。

渋谷区・・。
そう。バス停でホームレスの女性が撲殺されたのも渋谷区でした。
→渋谷女性ホームレスバス停殺人事件。
なくなった彼女は64歳。家賃滞納でアパートを追われ少し休むつもりのバス停で、彼女を邪魔だと思う46歳の男性に撲殺されました。
この事件が起きたとき私はこう思いました。

「次が自分でもおかしくない」

警備の仕事をしていればなんとか生活費は稼げます。
でも、体力的にいつまでもその仕事ができるわけじゃない。年金？受給できたとしても満額で月に6万円。５万７千円のアパートの家賃が払ったらあとはどう生きればいいんですか？？
そもそも、もっと安いアパートに引っ越すまとまったお金だってない。
デッドエンドなんです。

これは漫画家稼業を続けていたとしてもいつかは直面する問題でした。
仕事が減った時どうする？他にお金を稼ぐ術をもたない漫画家は？
そこでもデッドエンドがやってくる。
更新料どころか家賃も払えないという時がやってくる。

窮地に陥っても友人や弟たちには恥ずかしくて頼れないに違いない。
鬱になった時も近しい友人に何も相談できずに直接心療内科いきましたもん。なんのかんのいっても近しい人だからこそ話せないってなる。

誰にも頼れなかったら、一気にホームレス、ですよ。
想像は難しくありません。
本当に簡単です。
目をそらさずに考えると結論はそうなります。

ホームレスになって社会から抹殺されるか、自ら命を絶つか。

警備員の見るもの

警備員をしていて見たのは「街の本当の顔」です。
お金を持っている人に対しては魅力的な顔を見せる街が、外で過ごさねばならない人に対しては容赦ない冷酷さをみせます。

公園のベンチは横になれません。
灼熱の真夏なのに公園には木がありません。
拒絶されているように感じたことは一度や二度ではありません。

一方、街に住む人々は生きることに自暴自棄になっているようにみえました。ビール片手に帰路を急ぐ労働者たち。公共の場所でアルコールを平然と摂取している姿を数多く見かけました。楽しんでいるというより、現実をどうにかして胡麻化そうとし努力をしているようにしか私に間見えませんでした。
みなが見ようとしない現実は、ひどいものでした。

「ホームから電車に飛び込む動画を女子高生が撮ったのはこの駅だよ。」

警備員の先輩の言葉が忘れられない。長い間、こもって漫画を描いてきていままで知ることがなかった現実は酷いものでした。

深夜でも閉鎖されない新宿バスターミナル。
暖かいトイレで夜明かしする女性。
電車が急ブレーキ。女性の飛び込み。

再開発で湧いているようにみえて、街は壊れ始めていました。
絶望を感じている人がそれを隠そうとして無理に笑っている、そんな気持ちの悪い街の空気。人が壊れ始めているように見えました。
もはや都会は私にとって魅力的な場所ではなくなりました。

生きるためには希望が必要なんです。

都会を出なければならない。
余力のあるうちに。
生きるためには。
とりあえず「ここでいい」と決めた町の公営住宅に応募。運を天に任せて唯一持っていた民間の年金保険を担保にお金を借りました。
そういうふうに私は道北にやってきたのでした。