山の上ホテル
1980年代は、映画、美術、音楽など、各分野の文化が充実した時代だった。クラシック音楽については、NHK FMで海外のライブコンサートが放送されることがあり、当時の日本では、CD化される前の、最新の演奏に触れることのできる貴重な機会だった。
銀座のデザイン会社で仕事を終えた後、平日の夜、「山の上ホテル」の新館の、すいているロビーのソファーに、SONYの小さなFMラジオを持参して、
シノーポリ/シュトゥツガルト放送響のマーラー第6をきいた時代が懐かしい。
テーブルの上には、中央にゴルフボールのような白い球が乗った、不思議なデザインの円形の赤い灰皿。新館を入って左側の奥には、本館のバーに入れなかった時に利用する、少し南欧的な、L字型の艶のある赤茶色の木のカウンターのバー。右側には、一度しか入ったことがないが、鉛筆でいうと2Hのような、やや硬質な感じのレストランがあった。
外資系のラグジャリーなホテルとは全く別の価値観を持つ、穴場のようなホテルだった。海外から来た友人たちを連れて行くのは、品川にあった「原美術館」とこのホテルだった時代がある。
近年は、コロナの深刻な影響もあったと思うが、どういう訳か、いまさら既存のホテルを追いかけるような姿勢も垣間見れ、このホテルで育った人間の一人としては、親しい友人に<自分のいいところを、見失うな。>と言いたいような気分だったこともある。
その「山の上ホテル」も、2024年2月に閉館。
閉館間際には人が押し寄せ、すでに、かつての「山の上ホテル」ではなくなっていたが、加藤淳が東京で、一番好きだったホテル。
ありがとう!「山の上ホテル」。
2024年2月