今年の個人的ベスト映画 「お坊さまと鉄砲」とブータンのこと
年末で色々忙しい時期だけれど、どうしても年内に観ておきたかったブータン映画「お坊さまと鉄砲」。個人的にはこれが2024年ベストだった。
ずっと王政国家だったブータン、2006年に国王が自ら退き立憲民主制への移行を宣言する。国民投票による総選挙を行い、民主主義という新体制に向けて舵が切られるのだが、皆選挙なんて初めてのこと。選挙管理委員が国内の隅々まで派遣され、まずは模擬投票を行い国民に選挙とは何かを知らしめていく。
選挙管理委員たちは、民主主義はすばらしいものと信じて疑わない。のどかな山間のウラ村に派遣された委員、ツェリンも「民主主義はGNH(国民総幸福)の根幹」という揺るぎない信念を持っている。
一方、村の人々は突然現れた「民主主義」「選挙」というものに戸惑いを隠せない。
そんな中、ラジオで模擬投票のニュースを聞いた村の仏教師僧は弟子の僧タシに、なぜか次の満月までに銃を調達するよう命じる。
折しもアメリカからやってきたアンティーク銃のコレクター、ロンが現地ガイドのベンジの案内で村を訪れて南北戦争時代の希少な銃を入手しようとする。
架空の政党を村人に選ばせる模擬選挙に向けての練習で「殴り合うくらいの気持ちで互いを見下して、自分がいいと思う政党を力強く推して」と煽る委員。
「こんな乱暴な戦いはこの国には合わない」と呟く老人。
模擬投票所には国王の肖像写真と、「民主主義は全ての人々への神聖な贈り物。明るい未来のために投票しましょう」の言葉。
夫が選挙にのめり込むあまり家庭を顧みなくなり、村の中でも分断が生じていることを悲しむ模擬選挙アシスタントのツォモは選挙管理委員のツェリンに尋ねる。
「選挙はやる価値があるのですか?」
「世界の人々が命がけで望むものを私たちは与えられたのよ」
そうなのだ。選挙権、公民権、民主主義を手に入れるために世界のあちこちで血が流れた。でもブータンは、革命も戦争もなく穏やかに民主主義を導入した。
得意気に答えたツェリンに投げかけたツォモの静かな言葉にハッとした。
「でも私たちが命をかけなかったのは、必要ないからなのでは?」
独裁者が支配する社会は悪、民主主義社会は善だと信じて疑わなかったけれど、果たしてそうなのか?人民が等しく指導者を選べる選挙は常に正しい手段?
今年国内外であったいくつかの選挙では分断が浮き彫りになった。選挙という平等なはずのシステムそのものに疑問がわくような事象も起きた。
民主的に選挙をすれば国は良くなり人々は幸せになるのか?選挙によって生じた分断は、しょうがない副産物として目をつむるしかないのか?
なんだかものすごくタイムリーに民主主義と選挙について考えさせられてしまった。
なんて書いてると政治的思想的な映画みたいだけれど、全然堅苦しくも重くもなくてとても心が温かくなる作品。
監督は、アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートにもなった「ブータン 山の学校」のパオ・チョニン・ドルジ。
前作もすごくよかったが、子役の女の子に全部持っていかれた感があった。あの子あってのあの映画。
今作は群像劇で一人一人の個性が生かされ、ストーリーも笑えるところありハラハラさせられる展開ありでとても楽しめた。
ブータンは昭和天皇の大喪の礼に参列した先代のワンチュク国王のカッコ良さに衝撃を受けて以来ずっと気になっている国。個人的にも以前ちょっとだけご縁もあったし、ブータン料理教室に行って国民食エマダツィ作れるようにもなった。
まだ行ったことはないけれど、ブータンと聞くと吸い寄せられてしまう。なので、今回の映画もブータンの家並み、地方の自然、風物、人、全てに目を凝らして集中して観た。
役者もみんな素晴らしかったなー!
師僧は本当のラマ僧、他の役者達も本作で俳優デビューという人たちが殆どなのだが、演技がとても自然。銃コレクターのロンも、言葉も状況もよくわからない異国でオロオロ戸惑う様がよかった。
ブータン人は日本人と顔立ちが似ていると言われるけれど、いやいや、日本人が逆立ちしてもかなわない独特の品の良さがあるように思う。
高地なので日焼けしているし、身を飾り立てているわけでもないのに美しい。
家にある偕成社の昔の「世界の子どもたち」シリーズのブータン編。この時11歳のティンレイ君、今はもう50代なのか…。
この本に出てくる人たち、家族も学校の先生たちも、とにかくみんな表情がいいのだ。
仏教の教えに基づき私利私欲に走らず、皆が利他の精神で慎ましくも満ち足りて暮らすユートピアみたいな国と勝手に思っていた時期もあった。そういう思い込みや近代化の波にのまれずにいてほしいという上から目線の感傷はブータンの人には迷惑だろう。
でも監督がこの映画で讃えたかったというブータンの人々が大事にする「無垢」の価値(現代社会では無垢を無知とはきちがえる傾向にあるが)は、やはり尊いものだと感じた。
最後、僧侶タシがプロパンガスを担いで一面の蕎麦の花の中を去って行く姿に、それが凝縮されていたように思う。
ところで村で一心不乱におじさんが削っている柱は、例のあれだったのか〜と最後になって気がついた。
「お坊さまと鉄砲」という邦題もいい。
「僧侶と銃」ではなくこの日本語を選んだ方、言葉のセンスがすばらしい!
今年の締めくくりにいい映画観られてとても幸せ。