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二つの音楽ドキュメンタリー : 三月の水とモンタレー・ポップ

3月に聞きたくなるのはアントニオ・カルロス・ジョビンの「三月の水」”Águas de Março”。

ジョビンとエリス・レジーナのアルバム "Elis & Tom" 制作過程のドキュメンタリー、タイトルそのまま『エリス&トム』がブラジル映画祭in 東京で公開された。


1週間という短い期間、上映はたったの3回で観に行った日は満席。観客年齢かなり高め。
アルバムレコーディングの様子を、当時の彼らをよく知る関係者のインタビューを挿入しながらじっくり描いている。
時は1974年、リオではなくLAのスタジオで。

「三月の水」、私が初めて聞いたのはジョビンより先にサイモン&ガーファンクルの英語版、中学生の時だった。
脈絡のない名詞の羅列にシンプルなメロディーだけれど、世界が広がって心が開放されていくような心地良さがあった。
三月の水っていうのは雪解け水で川のせせらぎがちょっと勢いを増していく感じかなー?などと勝手に思ったりして。

大学に入り、今の夫を通してアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルト、ミルトン・ナシメントなどを聞くようになりジョビンがポルトガル語で歌う「三月の水」のオリジナルを知った。
サイモン&ガーファンクルもよかったけれど、本家すごい!
そして、本家の故郷ブラジルは南半球だから3月は春じゃなくて秋なんだと気がついた。

ジョビン自身が母語のポルトガル語から英語に翻訳する時にあえて"Promise of spring"という歌詞も加えたらしいが、やはり英語版よりポルトガル語版の方が音の響きがいい。
「小枝、小石、道の終わり、切り株の跡…」と続いていく歌詞は、ジョビンが母親の農園の小川で見た風景を、急いで包み紙に書き留めたという。
…というエピソードはこの本で知った。

『三月の水』アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック
2003 岩切直樹 彩流社
『愛と微笑みと花』
アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック2
2004 岩切直樹 彩流社


『エリス&トム』のドキュメンタリーで二人が最後に歌う「三月の水」はもうほんとに完璧ですばらしいのだけれど、それが収録されたアルバム制作の裏にはこんなにしんどい事実があったとは。
いつも弾けるような笑顔だから陽気なキャラクターだと思っていたエリスが、天才肌のトム・ジョビンに精神的に追い詰められて不安定になったり、アレンジャーでピアノ担当のセーザル・カマルゴ・マリアーノも相当しんどい目にあわされていたり。
そういうのを知ってもなお、二人の「三月の水」は珠玉のハーモニーであることに変わりはない。

それにしても、あの当時の普通なのかもしれないけれど、タバコ吸いながらよく音程もはずさず伸びやかに美しい声で歌えるな〜。

1986年8月、日比谷野音でのジョビンの来日コンサートに行った。
妻や娘のコーラスをバックに寛いで歌い、通りの向こうから近づいてきた救急車のサイレンをピアノで真似して弾いて「三月の水」に繋げてみせたジョビン。日比谷公園がリオのジャルヂン・ボタニコになった夏の夕暮れ。

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先週見たもう一つの音楽ドキュメンタリーは、『モンタレー・ポップ』。


ウッドストックに先駆けること2年、1967年にサンフランシスコで開催されたモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティバル。
私は当時小学生になったばかりでこのフェスは当然リアルタイムでは知らないけれど、ヒッピームーブメントは日本の地方都市にもなんとなく伝わっていたし、私より14歳上の叔母がギターでジョーン・バエズ歌ったりガンコ頭の祖父に反抗したりしていたので、ヒッピーとかプロテストとか、ラブ&ピースの空気は感じていて子ども心にもそれを好ましいものととらえていた。
フェスのプロモーションソング、スコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」が冒頭流れると懐かしい気持ちでいっぱいに。
若き日のトーベ・ヤンソンも彼女のドキュメンタリーの中で、この歌を流しながらクルーヴ・ハルの小屋で踊っていたな。

このフェスティバルの出演メンバーすごい。
ママス&パパス、ジェファーソン・エアプレイン、オーティス・レディング、ジャニス・ジョプリン、ジ・アニマルズ、ジミ・ヘンドリックス、サイモン&ガーファンクル、ザ・フー、ラヴィ・シャンカール、などなど他にも錚々たる人たち…。
ジャニス・ジョプリンはこの頃はまだそんなに有名ではなかったそう。
この時歌った「ボール&チェイン」がすさまじい。カメラも神がかったジャニスの歌いっぷりを足元からしっかりとらえている。
公式サイトに、会場で聞いていたママス&パパスのメンバー、ママ・キャスも驚愕したとあったが、本当に「なに⁉︎これー!」って表情していた。
ジャニス、あれだけハードに泥沼の愛を歌い上げながら、袖にはける姿は一転少女のようにかわいかった。
エリス・レジーナもだけれど、ジャニスの笑顔にはこちらの心を溶かすような魅力がある。

ザ・フーのドラマー、キース・ムーンが長く映ってたのが嬉しかった。お腹の底に響くバスドラ、ステキ。
でもザ・フーにしてもジミヘンにしても、楽器破壊合戦見てるとあぁ、もったいないと思ってしまう。

会場に集う人々の様子やファッションも楽しかった。フラワー・ムーブメント一色かと思いきや案外みんながみんなそうでもなかったり。
ヒッピーは当然たくさんいるけれど、コンサバなスタイルの観客も普通に混じっていた。
意外だったのは、きれいに並べられた椅子にほとんどの人々がちゃんと座ってお行儀良く聞いていたこと。
ラヴィ・シャンカールの圧倒的な「ドゥン」後のスタンディング・オベーションもクラシックコンサートのそれみたい。
2年後のウッドストックのカオスとは大違い。
二十数年前の小金井くじら山はらっぱまつり、山の裏辺りはもっとヤバかった。

開催前は地元警察が、ヒッピーだけじゃなくヘルス・エンジェルスとかも来たら大変だ!と警戒していたけれど、警官たちも会場ではリラックスしてヘルス・エンジェルスも平和に歩いていて、花を身につけどこまでもLove & Peaceなのだった。
カオスな部分はあえて撮らなかったのかな?
最初の方で、会場の女の子が「ラブインはイースターとクリスマスとニューイヤーとバースデーがいっぺんに来たみたい」と言っていたけれど、このドキュメンタリー、ほんとに盆と正月が一度に。ずっとワクワク祝祭感に溢れた映画だった。

全然関係ないけれど、先日製造終了したチェルシー、ちょっとモンタレー・ポップ。

販売開始は1971年。
フェスティバルの4年後

エリスもジャニスもジミヘンもオーティスも、みんな若くしてこの世を去ってしまった。
チェルシーも永遠にさようなら。

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