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#26 【バイク選び】生活の変化に導かれた邂逅

↑の続き

子供が生まれ、変わる生活のリズム

その頃、僕の人生には大きな変化が訪れていた。一人目の子供が生まれたのだ。それは、バイクにかけるお金と時間を少し見直す契機にもなった。モトクロスで泥にまみれたり、壊れるのが前提の外車にお金を注ぎ込んだりするライフスタイルは、どうやら現実とは噛み合わなくなっていた。

バイクというものは自由の象徴とされるけれど、その自由も維持費と手間の上に成り立っている。子供が生まれたことで、僕の生活は自由の形を変えざるを得なくなった。僕とて子供のことはもちろん愛していたが、オートバイだけは諦められなかった。

SRX400との運命的な出会い

そんな中で、僕はなるべく軽くて手間のかからなそうな単気筒のバイクを選ぼうと思っていた。正直に言えば、ただ重いバイクが苦手なだけだったのだけれど、そこに「あえてシングルエンジンを選ぶエンスーを気取る」という、なんとも自意識過剰なスケベ心が無かったわけではない。誰一人僕のそんな趣向を気にするわけはないのに。
それでも、僕はオンロードバイクらしいものにもう少しきちんと乗れるようになりたいと思っていたから、選択肢は限られていた。

そして、選んだのが SRX400 というバイクだった。見た目からして「趣味人向け」の香りが漂うそれは、コンパクトな車体とマイルドかつトルクフルなエンジンが特徴で、「僕のような未熟者でも乗りこなせるかも」という希望を抱かせるものだった。運命的なことに、ちょうど実家の近くに良さげな個体が売りに出ているのを見つけた。


オートバイに乗らない人からもよく
「コレはカッコイイねえ」と言われた。

帰省した折にその店を訪れると、店主は実におおらかな人だった。僕がちらっと試乗をお願いすると、笑いながら「乗ってきていいよ」と言ってくれたのだ。試乗コースは店の周辺の街乗り程度だったが、そのインパクトは十分すぎるほどだった。

「軽快さ」に驚かされる瞬間

オンロードバイク特有の前傾姿勢は、かつてFZ750で挫折した苦い記憶を呼び起こしたけれど、不思議とこのSRXではそんな恐怖心や戸惑いを感じることはなかった。車体がコンパクトで、ハンドリングが軽快だったからだろう。それは単なる「軽さ」ではなく、まるで自分の視線が向かった方向にスッと進んでいくような、自然で滑らかな感覚だった。

エンジンは控えめだったけれど、その反応は極めて素直で、右手の動きがそのまま路面に伝わるような感覚があった。試乗を終えた時には、僕はすでにこのバイクの虜になっていた。そして、店に戻ると同時に購入を決め、その休暇中に手続きを済ませて家までトランポで持ち帰った。


早朝ライディングという新しい習慣

子供が生まれたことで、生活は一変した。プライベートの全てが子供を中心に回るようになり、僕は自然と「早起き」という習慣を編み出した。早朝の時間は、誰にも邪魔されない、バイクと自分だけの貴重な時間だった。

早朝、誰も居ない自宅近所の田舎道を流す。

夏の夜明け、まだ街が眠っている時間にバイクを引っ張り出し、エンジンをかける。静寂をパタパタと切り裂く単気筒の音に身をゆだねていると、空間を独占している様な錯覚が心地よかった。僕は自宅周辺の200km程度の山道をぐるりと走り、自宅近くのベーカリーでパンを買い、家族の朝ご飯に間に合わせるように帰宅した。そのリズムは、生活に根付き、やがて習慣となった。

↑ここに至るきっかけは子供が生まれた事だった

ひとつ、壁を越えた感覚

限られた早朝走行というフォーマットが前提になるので、どうしても何度もお気に入りのルートを辿りがちになる。同じ道を繰り返し走るうちに、道を覚え、余裕が生まれた。その余裕がペースを少しずつ上げ、コントロール技術の向上へと繋がった。よく「技量と身の丈に合ったバイク選び」という議論がされるけれど、少なくとも僕にとって、このSRXというバイクは、まさに自分にぴったりの相棒だった。

伊豆スカイライン 熱海峠にて
性能を使い切れる楽しさって
あると思うけど、どこから来るのか。

SRXは、僕にライディングの奥深さを教えてくれた。ハンドルへの入力、スロットルの開け方、ブレーキのタイミングと、握りこむほどに「ミィ゛〜」とブレーキシステムが応えつつフロントタイヤが路面を掴む感触――その全てが直感的に伝わってくる。あれだけ苦手意識があった前傾姿勢に意味がある事が体で理解できる。その感覚は、まるで自分がバイクそのものになったかのような錯覚を与えてくれるものだった。人機一体――バイクとライダーが一つになる瞬間が、確かに存在するのだ。いままではバイク任せに走っていて、それでいいと思っていたが、全く次元の違う感覚を得ることになった。

もちろん、SRXにも限界はある。パワー不足を感じる時もあれば、高速道路で風に煽られることもある。それでも、僕はこのバイクに乗るたびに、バイクが本当に自分のものになっていく初めての感覚を感じていた。それは、どんな高性能なバイクを手に入れるよりも、僕にとっては価値のあることだった。

そしてこのオートバイと時間を重ねた事が、後々のオートバイとの付き合い方まで変えてしまうとは、この時はまだ知るよしも無かった。



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