石本 新六
生没年月日
1854年(嘉永7年)2月17日 - 1912年(明治45年)4月2日
出身地
播磨国姫路 (現:兵庫県姫路市)
学歴
大学南校
陸軍幼年学校
陸軍士官学校(旧第1期)
フォンテンブロー砲工学校(現:サン・シール陸軍士官学校)
年表
1854年(嘉永7年)2月17日
姫路藩士の石本家に生まれる。
1870年(明治3年)
大学南校で学んだ後、陸軍幼年学校で学ぶ。
1877年(明治10年)
西南戦争に従軍
1877年(明治10年)7月
陸軍工兵少尉 任官
1878年(明治11年)12月
陸軍士官学校(旧第1期) 卒業
1880年(明治13年)5月
陸軍中尉
1881年(明治14年)8月
フランス、フォンテンブロー砲工学校 卒業
後、イタリア差遣を経て陸軍参謀本部勤務。
1883年(明治16年)2月
陸軍大尉
1888年(明治21年)2月
陸軍少佐
1891年(明治24年)11月
陸軍中佐
1892年(明治25年)7月
陸軍省軍務局工兵事務課長
1894年(明治27年)
日清戦争における大本営臨時陸軍運輸部長
1895年(明治28年)1月
陸軍大佐
1895年(明治28年)7月
臨時台湾橙標建設部事務官
1896年(明治29年)5月
陸軍省軍務局工兵課長
1896年(明治29年)11月
東京市区改正委員 兼任
1897年(明治30年)9月
陸軍築城本部長
1897年(明治30年)10月
陸軍砲工学校校長 兼任
1898年(明治31年)3月
陸軍少将
1899年(明治32年)6月
陸軍築城本部長
1902年(明治35年)4月
陸軍省総務長官 兼 陸軍省法務局長
1903年(明治36年)12月
陸軍次官 兼 陸軍省法務局長
1904年(明治37年)2月
俘虜情報局長官
1904年(明治37年)7月
臨時陸軍検疫本部長
1904年(明治37年)10月
陸軍中将
1907年(明治40年)9月
男爵
1909年(明治42年)9月
陸軍省人事局長事務取扱
1911年(明治44年)8月
第2次西園寺公望内閣・陸軍大臣 (~1912年4月)
1912年(明治45年)4月
陸軍大臣在任中のまま病気により死去。