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『#アクセシブルブック のすべて』は、こんな本にしたいと思っています。

はじめに

アクセシブルブックがやってくる!

アクセシブルブックという言葉を聞いたことがあるでしょうか? 初めて聞いたという方も多そうですね。それでは、2019年に施行された読書バリアフリー法はご存じでしょうか? 公共施設の入り口についた車いす用のスロープのように、 “スロープ”を使って本を誰もが自由に読むことができる本を、私たちは社会として提供していこうと決めました。そうした社会を実現するために、誰もが自由に読むことができる本を、これまでの取り組みに倣ってここでは、アクセシブルブックと呼んでいます。私たちはこのアクセシブルブックが社会により広く浸透し、根づいていくために、ひとりひとりがこうした本のあり方に興味を抱き、身近に感じてもらうための一助になれたらという想いから、『アクセシブルブックのすべて』という本を企画しました。

この記事は、これから作っていく本の、「はじめに」のようなものをイメージして書いてみたものです。6,000字を越える少し長め記事ですが、よかったら読んでみてください。

デジタル化するまえのさまざまな”本”のかたち

アクセシブルブックにはさまざまなかたちがあります。本を自由に読むことができない理由もさまざまだからです。目が見えなかったり、視力が弱かったりする視覚障害を持った人たちのための点字や録音図書は多くの人が最初に思い浮かべる、もうひとつの本のかたちでしょう。でも、実際にそういった本に触れたり、聞いてみたりしたことがある人は少ないのではないでしょうか。そういった人達と一緒に、どんな本があるのか、筆者たちの体験レポートを紹介することで、具体的なイメージをふくらませてもらおうと思っています。

本が読めないそれぞれの理由:視覚障害と学習障害

視力には問題はないけれど脳の発達障害から文字の読み書きに困難が生じるディスレクシアを抱える人たちも、アクセシブルブックを必要としている人たちです。映画好きの人のなかには、スティーブン・スピルバーグ監督や俳優のトム・クルーズのような著名人のプロフィールを通じて、ディスレクシアという言葉を知った人もいるのではないでしょうか。いま目が追っている行がはっきりとわかるようにするためのリーディングトラッカーという補助アイテムや、それと同様の機能を備えた電子書籍リーダーを使うことで、読書のスピードが大きく改善されるケースもあるそうです。そういったデジタル教科書を使って勉強した児童や生徒たちが、大学に進学したり就職したりして、当事者の立場から、同じような障害を持った人たちを支援するというケースも生まれているようです。そういった当事者の方たちにも取材をさせてもらった内容もこの本のなかで紹介していきたいです。

印刷・製本された本を読めない理由はほかにもある

視覚障害と学習障害によるディスレクシアに加えて、身体的な障害や一時的な怪我や骨折で印刷された本を支えたりページをめくったりできないために、自由に本を読めない場合もあります。加齢や視力を損なう病気が進むことで、これまで読めていた本が読めなくなることまで含めると、アクセシブルブックは他人事で済まされない、誰もが自分事になりうるテーマだといえます。後でもう少し詳しく紹介するように、先にあげた読書バリアフリー法案でも、これまで障害を持った人に限定していた対象者を広げて、さまざまな理由で本を自由に読めない人すべてを対象としています。

出版社にも積極的な取り組みと役割が求められている

この本でもアクセシブルブックに関わる人を、障害者手帳を取得している人に限定せず、できるだけ広くとらえていきます。それは個人に限らず、組織レベルでも同じです。もちろん、これまでこの分野を支えて来られた支援者団体や公共図書館の福祉サービス部門の活動への敬意を忘れてはならないのは言うまでもありません。読書バリアフリー法(正式名称は「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」)の施行を受けて、出版社をはじめとする商業出版に関わる企業もしっかりとした役割を担うことが求められています。その求めに応じた動きとして、この本を企画中も(2023年3月現在)、出版事業者や著作権者と読書困難者や支援者団体をつなぎ、適切なサービスが行えるようなサポートを行うことを目的として、アクセシブル・ブックス・サポート・センター(ABSC)の設立が進められています。こうした動きが進むことで、より多くの本に効率的にアクセスできるようになるのではないかと期待されています。センターの果たす役割については、後に章で改めて掘り下げてお伝えします。

つながり、行動するための言葉として

こうしたつながりや広がりは、個人や組織から、アクセシブルブックを読むための機器や、その機器に載せるための音声やテキストデータ(とその具体的な仕様)、他の国や地域との連携にまで広がっていて、私たちがこれから生まれる未来の本について語りあい、具体的に協力していくためのキーワードとして、私たちは積極的な意味を込めて使っていこうと思っています。

”すべて”を実現するための目の前の一歩から

『アクセシブルブックのすべて』という本のタイトルに着けられた“すべて”には、こうした豊かな関係性の広がりの一端を伝えたいという筆者たちの想いが込められています。この小さな本のなかで本当にすべての情報を詳細に網羅することはできません。ですが、たとえば、さまざまな個人や組織のプレイヤーの関わり合いを描いたマップを掲載することで、“すべて”を垣間見える工夫をしたいと考えています。そのマップは、正確な相関関係図というよりは、変化の激しいIT業界で「カオスマップ」と呼ばれるものに近いものになるかもしれません。

電子書籍開発のパイオニア、ボイジャー

この本は、そうした本の生態系の地図のなかで、日本の電子書籍開発のパイオニアとして道を切り開いてきた株式会社ボイジャーの設立30周年記念出版事業のなかの1冊として企画されました。ボイジャーが果たした役割については章を改めてふれていきます。この本は当初、ボイジャーの若い技術者たちが未来の電子書籍をどのように思い描いているのかをインタビュー形式で取材することからスタートしました。

電子書籍のイノベーションは終わったか?

筆者のひとりはVRやメタバースの研究者であることもあり、デジタル技術で扱えるものが、テキストから画像、音声、映像、そして3Dの仮想空間での体験にまで拡張していくさまを追い続けています。文字での表現についてみれば、いまは電子書籍という本としての形態をわざわざとらなくても、Twitterをはじめとしたソーシャルメディアや、みなさんが読んでいるnoteに代表されるようなブログ形式のプラットフォームで、書いたものをより多くの人にカジュアルに届けることができます(この文章も本書の刊行に先駆けて、こうしてnoteで公開していてます)。電子書籍は、AmazonのKindleを筆頭に多くの人が当たり前に使うようになりました。本を多く読む人ほど、保管場所の問題から、電子書籍を愛用している人も多いのではないでしょうか。そうした時代にあって、電子書籍として、紙に印刷された物理的なかたちが持つ特徴から離れたときに、その未来の姿はどうなるのか? 映像やVRでよりリッチな体験を取り込んでいき、映画やゲームとの差がどんどんなくなっていくなかで、本は溶けていくのではないか。そうではなく、これから本が最後まで担う使命があるとしたらそれはなんだろう。考えあぐねていたときに、降りてきたのがアクセシブルブックというテーマでした。30周年企画の1冊としての最初の企画から内容は大きくピボット(方針転換)しているように見えるかもしれません。しかし、そうではないことがこの本を読んでもらうことで伝えらえたら幸いです。

共著として書くということ

この本は2名の著者による共著で書いていきます。章ごとに担当を分ける分担執筆ではなく、それぞれが書いた文章に互いに加筆や修正を加えていくことで、文体なども含めて1冊の本としてのまとまりをもたせます。

デジタルテクノロジーと出版をつないで

筆者のひとりである宮田和樹は、現在、青山学院大学総合文化政策学部の非常勤講師として、デジタルストーリーテリングラボの主担当教員を務めています。先に述べた通り、この数年はVRやメタバースで生まれるストーリーをテーマに、学生さんたちとザトウクジラが観察できるメタバースのワールドを作成しているのをはじめ、アバターを活用した子どもたちへのインタビュー調査の支援や、メタバースやソーシャルメディアで音楽が広がるプロセスの調査などに取り組んでいます。

また、過去には岡本真、仲俣暁生編著『ブックビジネス2.0 - ウェブ時代の新しい本の生態系』(実業之日本社、2010年)の企画を担当したり、子ども向けの世界地図絵本『WORLD ATLAS 世界をぼうけん! 地図の絵本』を紙の絵本とiOSアプリの企画や広報を行ったり、出版社の中の人として本と携わってきた経験を持ちます。

初心者の視点でアクセシビリティに取り組む

もうひとりの著者の馬場千枝は、雑誌や本で編集者やライターとして活動してきました。アクセシビリティや障害者支援は専門ありませんが、編集を担当した『ブラインドサッカーがくれた生きる勇気』は、ブラインドサッカー協会の理事長の釜本美佐子さんが書いた本です。この本は、釜本さんのこれまでの人生とともに、釜本さん自身が晩年に全盲の視覚障害者になったことを見つめ直して書かれていて、本書のテーマに通じるものがあります。

アクセシビリティや障害者支援の専門家もたくさんいますが、初心者だからこそできる仕事があると考えています。アクセシビリティについての驚きや発見を共有することで、アクセシビリティの問題にあまり興味がなかった方たちにも、興味を持ってもらえるような本をつくりたいと思っています。

各分野の先人のみなさんからお話を聞きながら進めています

以上のように、ふたりとも出版は編集に携わってきた経験から、アクセシブルブックの“すべて”といいながら、知らず知らずのあいだに出版業界寄りの視点になってしまっているかもしれません。また、日ごろから支援を必要としている近親者と暮らした経験もありませんし、支援者団体で継続して働いたこともありません。筆者のひとりはこの出版企画をきっかけに、長年気になったまま放置していた、地元の図書館で開催されている音訳ボランティア講習会にようやく参加しはじめたところです。

しかし、そのことはこの本を届けたい多くの読者の方と、私たちが同じ目線を持てるという利点として積極的にとらえて、その目線を最後まで大切にしたいと考えています。それとともに、内容が不正確とならいように、各方面の方に監修もお願いできればと考えています。

読者自身がアクセシブルブックを作る未来

『アクセシブルブックのすべて』の“すべて”に、読み手としてだけでなく、アクセシブルブックの制作や流通など、作り手側の視点も不可欠です。電子書籍が登場し、普及することによって、誰もが本の作り手になれるようになりました。少し専門的なお話になりますが、この本が企画された2022年は、アクセシブル・ブックス・サポート・センターの設立呼びかけが始まったほか、アクセシブルな電子書籍のファイル仕様のマルチメディアDAISYが、電子書籍のファイル仕様のEPUBと統合され、日本でも普及に向けた活動が本格的に始まった年でした。この点についてももう少し詳しくふれる予定ですが、私たちはアクセシブルブックも電子書籍と同じように読者自身の手によって、障害を持った当事者の人でも本をつくることができるようになるか?という問いかけを、この分野で活躍されている技術者の方たちに聞いてみたいと思っています。

カンボジアでアクセシブルブックの未来を描く

この発想は、実は、筆者のひとりに、外国語のマルチメディアDAISY図書をつくろうとしているのだけど上手くいかないと相談してきた、国際NGOエファジャパンの鎌倉幸子さんの発想がきっかけになっています。鎌倉さんたちが支援しているカンボジアでクメール語をはじめとした本の多くがポル・ポト政権下に失われていて、子供たちが読む本も足りません。障害を持った子供たちが読めるさまざまなアクセシブルブックもほとんどない状態で、本を読む機会をつくるだけでなく、現地の人たちが読みたい本を自分たちでつくれるようにするために、マルチメディアDAISY図書をカンボジアの支援団体の人たちがつくれるようにすることが大切だと鎌倉さんは考えて行動されています。

※ 現在、鎌倉さんが所属するエファジャパンではクラウドファンディングを実施中です!(2023年3月31日まで)

この鎌倉さんの支援活動を敷衍すると、アクセシブルブックの未来の姿として、支援を必要としている当事者の方でも、自分で本がつくれるような工夫や仕組みまで取り込めるのかという問いかけが、大切なものになるのではないでしょうか。

体験につながるガイドブックとしても

読み手としてだけではなく、書き手や作り手の視点を盛り込むほかにも、ひとりひとりのあいだの理解を深めるために役立ちそうなことを、本文とは別にコラム記事などで紹介することでも、“すべて”にひかれて手に取った人の期待に応えていきます。テーマと関連する書籍を読んでみたり、映画館や演劇を観に行ってみたり、歴史上の人物のゆかりの土地を訪ねてみたり、そういった複合的な体験のガイドブックとしても活用してもらえる本になったらいいなと考えています。

すべての人に開かれた未来へ、アクセシブルブックの旅が始まる

いまの学校に通っている若い世代のひとたちは、SDGsの「誰も取り残さない」というメッセージを、大人たちよりも真摯に受け止めて、社会や自然と向き合っていると感じています。アクセシブルブックが普及して浸透していくためには、当事者や支援者に加えて、著作権者や出版関係者の理解と行動が進むことはもちろん、直接的な利害関係にない、その周辺にひろがる社会のひとりひとりが、このムーブメントを応援し、そこに加われるかがカギを握っています。もしかすると、こういう言い方がすでにミスリードかもしれません。アクセシブルブックは私たちひとりひとりにとって、最初から、いつ当事者になってもおかしくない自分事なのですから。

さあ、それでは早速、アクセシブルブックのすべてをめぐる旅にでかけましょう。 

※ この旅の過程は #アクセシブルブック のタグとともに、著者たちがTwitterで投稿しています。よかったら、チェックしてみてください。

※ ヘッダー画像はMidjourney V5で作成したものです。

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