チェン・ジャンホン『ウェン王子とトラ』
今年もよろしくお願いいたします。
寅年なのでトラにちなんだ本でいきましょう。
中国の天津に生まれ、北京の中央美術学院を卒業したのちパリに移住した、チェン・ジャンホンによる傑作絵本です。
なんといっても中国の水墨画の技法を生かした、迫力と様式美を兼ね備えた絵がふんだんに味わえるのがこの本の最大の魅力でしょう。格調の高さを感じさせながらも人や動物の息づかいが伝わるようなリアリティがあり、なおかつ通常の絵本より大型の判型により、東洋らしい悠然とした空間感覚も感じさせるそのつくりは見事のひとことです。
もちろん絵だけではなく、物語も魅力的。夜ごと村を襲うトラに悩まされた王が占い師の託宣に従い、王子をトラの住む森に差し出す…といった始まりなのですが、王子の自己犠牲により村を救った、という展開にならなかったのが素晴らしい。トラに育てられ、森の知識を身につけた王子は生みの親である母と、育ての親のトラの両方を尊重することで人間とトラの媒介として両者を結びつける役割を果たすのです。
中沢新一さんは著作『カイエ・ソバージュ』で「対称性人類学」を提唱しました。人類が神話的思考で生きていた時代は人間と自然は同等の立場であり、互いを尊重した対称性を保っていた。しかし技術が発達し、国家が誕生したことでその対称性は崩れ、人間は一方的に自然から搾取するようになった。今必要なのは再び自然との対称性を回復する道を探ることだ、というのが私なりの理解によるざっくりとした要約ですが、この視点に立つと、この物語で王子が果たしたことは、まさに人間界と自然界の対称性の回復に他なりません。さらに長じて王になった彼は、自分の息子を進んでトラに預けることにより、この対称性を保たんとする意志を示すのです。
美麗な絵と今の私たちにも訴える力を持った物語を併せ持った本作は、年の初めに手に取るのにふさわしい作品といえるでしょう。