アンソニー・ブラウン『すきです ゴリラ』
アンソニー・ブラウンはイギリスを代表する絵本作家です。2000年には「児童文学への永続的な寄与」に対する表彰として贈られる国際的な賞で「小さなノーベル賞」とも呼ばれる国際アンデルセン賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得ています。
彼の絵本の特徴としては、稠密でありながら温かさを感じさせる画風や、イギリス人らしいユーモアなどがありますが、なんといってもゴリラに対する愛情の深さでしょう。とにかくゴリラが登場する作品が多いのです。なかでも今回取り上げた『すきです ゴリラ』は、ブラウンの溢れるゴリラ愛に圧倒される絵本で、原題もズバリ“gorilla”となっています。ブラウンは本作で1年間にイギリスで出版された絵本のうち、特に優れたものの画家に対して贈られる、ケイト・グリーナウェイ賞を受賞しています。
ストーリーはいたってシンプル。主人公の女の子、ハナはゴリラが大好きで、ゴリラに関する本やテレビはたくさん見たし、絵もたくさん描いているのですが、本物のゴリラを見たことがありません。パパは平日は仕事に忙しく、日曜日は疲れてくたくたなので動物園に連れて行ってもらうことができないのです。
誕生日のプレゼントにパパはハナのリクエストに応えてゴリラのぬいぐるみをプレゼントしてくれました。だけどとっても小さいゴリラでした。ところがその夜、ぬいぐるみはみるみる大きくなり、ハナを夜のデートに誘います。
パパのコートを着たゴリラとハナは家を抜け出し、動物園で本物のゴリラやオランウータン、チンパンジーを見たり、一緒に映画や食事をしたり、ダンスをしたりと素敵な時間を過ごしました。翌朝、パパに報告しようと階段を駆け下りたハナに、パパは動物園に一緒に行くことを提案します。パパと手を取り合って動物園に向かうハナは幸せな気持ちでいっぱいでした…。
このように本作はハートウォーミングなファンタジーとなっており、それだけでも充分素晴らしいのですが、ブラウンの絵本の魅力はそれだけにとどまるものではありません。読者にいろいろ想像させる仕掛けがどのページにも散りばめられているのです。
そのひとつは物語の〈余白〉ともいえるもので、例えば母親はまったく物語に登場しないのですが、特に理由は説明されていないので、読者は自分で考えるしかありません。ハナがなぜこんなにゴリラを好きになったのかも同様です。深層心理学に興味がある読者ならしかるべき解釈を施すこともできるかもしれません。
もうひとつは遊び心に満ちた絵です。なんといってもゴリラとデートする話なのですからゴリラが大きく描かれるのはあたりまえなのですが、それ以外にもあちこちにゴリラのモチーフが隠されていて、それを探すのがとても楽しい。ブラウンの緻密な絵と鮮やかな色彩の画風にこうした要素が加わることにより、まるでシュールレアリズムの画家、ルネ・マグリットを思わせる世界が読者の前に広がっていきます。
そして物語の〈余白〉と遊び心に満ちた絵が一体となった仕掛けが物語の最後の方で出現します。気づいた人は、えっ、これはどういうこと?と戸惑いながらも、ということは…もしかして?と想像の翼を拡げていくことでしょう。
心温まる話とチャーミングな仕掛けが一体となった、子供も大人も繰り返し楽しめる素敵な絵本です。