赤瀬川原平『四角形の歴史』
赤瀬川原平が2005年から2006年にかけて刊行した、〈こどもの哲学 大人の絵本〉シリーズの中の一冊です。
赤瀬川原平は多彩な活動を行なってきたので、人によってそのイメージは大きく異なると思います。千円札裁判やハイレッドセンター等の活動による前衛芸術家、尾辻克彦名義で書かれ、芥川賞を受賞した「父が消えた」等による小説家、「超芸術トマソン」や路上観察学会としての活動、『新解さんの謎』や『老人力』などのユニークな着眼点で綴られたエッセイストなど枚挙にいとまがありませんが、なんと絵本作家としての側面もあったのですね。
〈こどもの哲学 大人の絵本〉シリーズは3冊からなり、現時点で『自分の謎』とこの『四角形の歴史』が文庫化されています。どちらも面白く読めるのですが、今回は赤瀬川原平のキャリアの出発点である、画家としての側面が色濃く反映されている【四角形の歴史』を選びました。
それにしても、なぜ円や三角形ではなくて四角形なのでしょうか。それを考えるために、赤瀬川は人間と絵の歴史を振り返ります。「犬は風景を見るのだろうか」という疑問から出発して、では人間が風景を発見したのはいつからなのかと考えを進め、「人間は四角い画面を持つことで、はじめて余白を知ったのだ。その余白というものから、はじめて風景をのぞいたらしい」と考察します。
そこで浮かび上がるのは、そもそも四角形というのは人間の観念の中にしか存在しないということです。自然界には四角形はありません。自然を〈造形〉という観点から捉えた言葉としてはセザンヌのそれが有名ですが、それは「自然を円筒形と球体と円錐体で捉えなさい」というもので四角形は含まれていないのでした。
では人間はどうやって〈四角形〉という概念を手に入れたのか…と話は深まっていくのですが、この本の素晴らしいところは、こうして言葉だけで紹介していくと堅苦しいものに思われかねない内容をするりと読者に飲み込ませる、赤瀬川の肩の力の抜けた文章と絵の魅力に他なりません。
とりわけ犬が出てくる絵がたまらないです。「犬も風景を見るのだろうか」の文の後に見開きで描かれた犬の後ろ姿と、その前に広がる風景の絵の詩情はまるで映画のワンシーンのよう。そして最後を締めくくる犬の寝顔の幸福感といったら!ああ、これは確かに〈絵本〉なのだと心の底から実感させられます。
ふと気づいた日常の小さな疑問を、着流し姿のようなリラックスした絵と文章で膨らませていくスタイルにヨシタケシンスケさんを連想する絵本ファンもいるでしょう。この文庫版の解説はまさにそのヨシタケシンスケさんのインタビュー。さすが実作者ならではの視点で本書の特徴をわかりやすく語っています。