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「なめらかな世界と、その敵」と、三幕構成

三幕構成はみなさんご存知でしょうか。
少しでも物語に興味がある方はどこかで聞いたことがあるかと思います。
自分は恥ずかしながらこれまで聞いたことがある、くらいだったのですが、最近ようやく暇になったので脚本術の本をぼちぼち読んでいます。
その脚本術の中でも一際有名で王道なのが、シド・フィールドが考案した三幕構成です。

三幕構成は元々ハリウッド映画の脚本術として作られたものですが、小説にも応用されています。
「第一幕・第二幕・第三幕」が「状況設定・葛藤・解決」となっていて、その間がプロットポイントで分けられる、という構成です。
もっと細かく分けた三幕八場構成もよく言われます。

スクリーンショット 2020-03-09 20.20.41

出典:

自分はこれまで、作品を書くときに脚本術を用いるのを敬遠していました。
「ある程度型に沿って書いてしまうと、面白みが減ってしまうんじゃないか?」と素人ながら不遜にも思っていたわけです。

しかし、三幕構成のことを調べ、そしてなんとなく手元にあった「なめらかな世界と、その敵」を分析してみたところ、とても綺麗な三幕構成になっていたので、「やはりプロ人でも型は使うものなんだ」「型を使った上で、違いを生み出せるのが上手さなんだ」「三幕構成は物語の裏に潜んだ暗号のようなもので、それでテーマを上手く伝えられるなら使わない理由はないな」などなど、とても感動したので書き残しておくことにしました。

もちろん「三幕構成なんて当たり前だよ」とか「もっと細部の表現を見ろ」とか「分析なんて品がない」という方もいると思いますが、何卒温かい目で見ていただけますと幸いです。

三幕構成の解説記事はたくさんあるので置いておくとして、この先「なめらかな世界と、その敵」のネタバレしかないので、読んでない方はちょうど今無料公開されているので読むのをオススメします。
2019年のベストSF1位なので面白さは保証済みです。
ちなみに僕はサイン本を持ってます(いいでしょ〜)。



というわけで内容に入っていきたいと思います。

まず「なめらかな世界と、その敵」テーマ・ログラインは何か。
ハヤカワのnoteには「スマホをスワイプするように、無数の並行世界を行き来できる少女たちの、1度きりの青春を描いた物語」とあります。これは紹介文ですね。
自分なりに一文でまとめてみると、だいたい

誰もがなりたい自分や欲しい環境を自由に選べる能力(乗覚)を持っている世界で生きる少女が、能力をなくしてしまった幼なじみのため、他の世界の可能性を捨て、たったひとつの同じ世界を選ぶ」

という話なのではと思います。

ここだけでとても面白いですよね。
タイトルの元になったと思われる「なめらかな社会とその敵」という本で唱えられた分人という概念を元に、並行世界を小説という文章のかたちで描写するというSFの技で、見事に「今わたしたちが生きているこの世界の尊さ」を表現されていると思います。分人というテーマに対しての一つのアンサーになっていると思います。


全体は本の形式で40ページ。文字数だとスペースを含んで26227字。
場面ごとに5つの章に分けられています(僕が勝手に分けたのではなく、文中で分けられています)。
後のプロットポイントやミッドポイントは僕が勝手に判断しました。

まず1章が主人公の架橋葉月が生きる、乗覚がある世界の状況設定。また、バックストーリーとしてマコトと葉月が幼なじみだったことが知らされます。

しかし、1章の終わり葉月が久々に会ったマコトに拒絶されるところがプロットポイント1
ここで、このお話の「問題」はマコトと葉月が仲良くなれないことであり、葉月の物語上の「欲求」は昔のようにマコトと仲良くなることだとわかります。

2〜4章が中盤(葛藤)になっていて、

2章の入りで自称刑事(で本当はマコトを乗覚障がいにした犯人)の一陣と葉月が出会い、マコトに乗覚が無いことが判明。
知ってしまったことで余計こじれるマコトとの関係。

ここからマコトを治すために葉月が乗覚を使っていろいろと調べたり行動を始めます。

ミッドポイントはおそらく、3章の終わりで一陣に誘拐されるという大ピンチの場面。

一陣「今やこの僕は、あなたにとって唯一無二の理解者なんですから」
マコト「馬鹿を言うな!」
ここのあたりの混沌に誘う感じがダークナイトのジョーカーとバットマンっぽい。

絶体絶命と思いきや、葉月の乗覚を活かした手配であっさりと捕まる犯人。しかし浮かない顔のマコト。

プロットポイント24章の終わりで一陣の本当の狙い(葉月を人質にしてマコトと話し、世界に対して抱いた復讐心を託したかった)に気付き、乗覚がない彼に対してアンフェアな戦いをし、マコトにもそれを失望されていただろうことを後悔するところ。

最後の5章でマコトがダークサイドに落ちるのを防ぐために、自分の乗覚を捨て、マコトと同じ世界を選び、昔のように仲直り(解決)という流れになっています。


と、こうして一通り読みかえして、びっくりしました。

これだけ三幕構成が当てはまるのかと。

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(もう一回さっきの図)

正直、最近の作品では当てはまらないんじゃないかと疑心暗鬼で手にとってみたんですが、バッチリハマってしまって驚いたとともに少し興奮してしまいました。

やはりこうした三幕構成の中に、小説だからこそできる乗覚の描写などの技巧が凝らされているところが、素晴らしい作品になっている由縁なのかなと思いました。

音楽のコードでも王道進行とか小室進行とかありますけど、それだけではありきたりになってしまうから、それらを踏まえた上でひねりが重要、みたいな話なのかなと思います。

でも前提として三幕構成があるんですね。


細部の話で言うと自分は第1章がやはり印象的でした。

1章は5381文字です。

三幕構成だと全体の10%が状況設定となっているので、第1章の前半で状況設定が終わる計算になります。

ここの状況設定をする技がまたとても素晴らしいです。

最初の一文から

「うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た」

です。当然「暑いのに雪?」となりますよね。これだけで、この世界はなんだかおかしいぞと気が付かせることができています。

そして一人称による描写で、主人公が学校に通う少女だということがわかり、「乗覚」という単語こそ出てこないものの、そういう能力を誰もが当たり前に持っている世界が描写されていきます。

そして担任に呼び出された主人公は、あることを頼まれます。

「支えになってやってくれないか」
「支え、ですか」

なんだか不穏です。
ここまでが1章の前半ですね。文字数は3000字ほど。

後半はこれをきっかけに、マコトが学校に馴染めない、というか自らなじもうとしない展開が続きます。
そして1章終わりでマコトに拒絶される……までの流れがなめらか。

5章での競走〜解決は言わずもがな。

余談ですが、1章2章が学校で始まり、3・4章が外の世界、5章がまた学校で終わるところが、「同じ世界を選ぶ」というテーマと通じているのかな、とも思います。


自分にとってとても勉強になったお話でした。
意図的ではないかもしれませんが、プロも型を利用した展開をしているんだということがわかると、素人が使わないでうだうだ言っている場合ではないということがわかってきました。
やはり型って、それだけの理由があってできたんだなと実感した自分。
まだ他の作品の構成は確認していないので、もっと分析してみたい。

そして何より、作り手としての型を知っていると、作品を見る際に新しい見方ができてとても楽しい

今後、自分が書くだけじゃなく、執筆支援の方にも活かしてみたいです。

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大曽根宏幸
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