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美湖さんってどげだ人?~音楽編~

ごきげんよう。美湖でございます。

今回は私と音楽編です。

今後、こんな感じで書いていければなと思っています。
食べ物・飲み物編
★音楽編 ←NOW!!
★ゲーム編
★落書き編
★お芝居TRPG編
★何回かに分けて自分史の話
どうぞお付き合い下さいませ。

音楽に触れるようになったきっかけ

物心ついたら鍵盤に触れていました。
3歳くらいからヤマハに通っていました。
よくCMとかである、ドレミファソーラファミレレドのやつをやってました。
だから、特にきっかけがあるわけじゃない。

ヤマハ育ちなせいか、耳だけはよく育ったようで、
絶対音感のようなものはあります。
ヤマハのグレード試験の音聞いて弾くやつだけは得意でした。
それ以外はからっきしだけど。
ですが、相対音感はありません。だから耳コピは苦手なのね。

当時は家には電子ピアノはなくて、よくあるキーボードで練習をしていました。
いや、させられていた…というのか?練習嫌いでね。
ですが、ある程度大きくなって、ヤマハでの練習が個人レッスンになると、
家に電子ピアノがやってきました。
そいつで多重録音をするのが楽しかったな…

クラシックは聞くのは好きなんだけど、弾くのはあまり楽しめなかった。
というのも、好きなクラシックを弾いているのではなく、
課題の曲をやる…みたいな感じで。
しかも耳しか武器がなく、譜読みが大嫌いだったので、進まない進まない。

その代わり、ゲーム曲の譜面ばかり漁っていました。

今となってはクラシックで弾ける曲はありません。

好きなクラシックの一部はこちら。

全部弾けません!聞く専門です。

ライブに連れ回される小学校低学年時代

父が典型的なオタク。
その絡みでマクロス7絡みのイベントに連れ回されていたのが小学校低学年時代。

そのマクロス7の主人公『熱気バサラ』の歌う歌を担当していたのが福山芳樹さん。
その方のライブにめちゃくちゃ行った。
神奈川の方でライブが何度かあったんだけど、結構な頻度で行った。

当時はなんでそんな行くんやろ~って思ってたけど、
今となってはとてもありがたい経験をしていたと思うし、
今の私にめっちゃ残っているものがあるなあって思う。
だって、小学生でライブに連れ回されるとかある??

最近は福山芳樹さんがやってたHUMMING BIRDってバンドの曲を聞いてることが多い。
小さい頃、車の中でずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと聞いてたんですよ。
昔の車はBluetoothじゃなくて、カセットテープでね。
CD買ってはカセットテープに録音して、みたいなことをしてた。
カセットテープじゃなくなったら、CD・MDって変わっていったな。

マクロス7の話をするととても長くなるので割愛。
特に好きな曲だけ貼っておこう。

あと、HUMMING BIRDのも!
言うのもおこがましいが、私の歌い方は福山芳樹さんの影響受けてるなーって思う。

小さい頃、なりたかった夢

幼稚園に入る前は福山雅治が好きだったらしい。
記憶はないが、出てきた瞬間にテレビにかじりついていたそうだ。
んで、小学校にあがった途端、福山芳樹さんのおっかけ。

その結果、なりたいと思っていた夢は「歌手(アーティスト)」でした。
(そのあと、考古学者・ミステリーハンターと変わっていったのは秘密である)

その頃はピアノ弾いてるからは特になくて、単純に歌うのが好きでした。
車の中でも歌っていたし、何なら父と合唱していた。
小学校の授業で一番好きなのも音楽だった。

けれど、小さい頃はそんな声は大きくなくて、ぼそぼそと話すタイプでした。
声の出し方を知らなかったのでしょう。
かなり音痴だった(今もやが!!!!)。
今の声の出し方になったのはここ数年の話ですから。

しかし、ある程度大きくなれば、アーティストになるのは難しいということに気づいてきます。
だとしても、音楽や表現から離れることはできませんでした。

音楽から離れてもやっていたこと

詳しくは自分史編で書きますが、高校生で音楽から離れました。
クラスメイトに一緒にピアノを弾こうとも言われましたが、
その子は退学してしまい、中学のときに興味を持った演劇に触れてみることにしたのです。

ですが、演劇を続けるには音楽をやる時間が邪魔になってしまった。
毎週のレッスンに通えなくなってしまいました。
(自宅に電子ピアノはあるものの練習する場所と時間がないと自分に言い訳を作っていました)
なら、辞めるしかないねとなったわけです。

私が最後に弾いたクラシックはこちら。
正直、発表会が終わったあと、泣いた。
そのくらい私にとっての音楽は重いものだったんだなと思いました。

話はだいぶそれましたが、そのあと一切ピアノを弾かなかったわけではありません。
ただクラシックから離れただけで、ゲーム音楽やJ-POPの耳コピはやっていました。
隙間の時間で少しずつ、少しずつ。

あと、カラオケは頻繁に行ってたかな。
歌うのは好きだったから。

また音楽に戻ってきた

演劇から離れたとき、また音楽を再開してみようと思いました。

クラシックはもう弾けない。
そういえば、ジャズやってみたいんだった、と思って。

影響を受けたアニメはこちら。
高校生の恋愛だけだと思ってなめてたら泣いたわ。

あと、このジャズの曲(↓)の影響も大きい。
私自身、高校~25歳くらいまで鬱っぽかったんです。
その間にいろいろ支えてくれたのがこの曲。
弾けるようになりたいなって、微妙に耳コピしたけど挫折した。

なかなか先生と合わないなってのも乗り越えて、
ジャズのグループレッスンで軽い一方的な失恋をして、
今に至るというわけです。

少しずつやりたいことをやっていこう

私はやりたいことが多すぎていつもパンクしてしまう。
けど、残念なことに身体は1つしかないし、身体1つにつき1日24hしか与えられていない。

今はひたすらに詞を書いている。
今、やりたいことのうちの一つなのです。
メロディーもコードもきっとつかない。
けど、今思ってること、感じてることをどこかに残したい、ただその一心。
今、残さないと忘れてしまうから。

一度決めたらたくさん作らなきゃいけないような気がするけれど、
私はその手のプロではない。

だから、そのときつくりたいと思ったときに少しずつやればいいんだと思います。


May the wind be ever at your back

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