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洗い流せ

連日の心労が祟っているのか、この休みは時間の進みが遅い。気持ち悪いほどに。あまり考えたくないことが脳内を巡り、彼女の思考の邪魔をする。何かを真剣に考えようとすると、ひょっこりと考えたくないことが顔を出してくる。脳内でそいつの顔を引っ叩き、彼女はまたスマホをいじり、現実逃避をし始める。しばらくしてから時計を見ても、ほんの数十分しか過ぎていない。これではまたそいつがひょっこりと顔を出しに来てしまう。

そんな中、思い立ったのが何かでそいつを洗い流すことだった。部屋着を着替え、財布を携え、スーパーに向かう。寒空の下ではあるが、そいつにつかまってしまうよりずーっとマシだ。

籠の中にいちご大福、チーたら、いかくんせい、おつまみ用のチーズをぶち込み、お酒コーナー某アルコール度数の弱いチューハイを選び、優しく籠に入れた。どう見ても、飲むんだろうなーというレパートリーである。

そう、彼女はアルコールでそいつを洗い流そうとしているのだ。

無表情で自分の部屋まで戻ると、さっそくそのチューハイを空ける。お酒の強い彼女にとってはそれはジュースであることに変わりはない。そういえば、この缶…このあいだ誰かが飲んでいたのを見たなと思いつつも、そいつに肩を叩かれそうになったので、お菓子をつまみつつ、黙って飲み干した。ちなみにほろよいのホワイトサワーといちご大福は合う気がする。

まだ全く酔っていない。冷蔵庫の中にある赤ワインを取り出し、グラスにそそぐ。一人暮らしではなかなかワインを空け切ることができない。いつぞやにミートソースを作ろうとして余った赤ワインだ。そいつから逃げ切るにはこのワインをあけるしかない。彼女はそう意気込んだ。

お菓子も食べ終わり、次のつまみをあけ、赤ワインを口の中に含み続ける。あんなに時間が経つのが遅かったのに、もうすでに日が沈もうとしている。

そういえば、よくカップルの男女がワインのボトルを頼み、平然とボトルを空ける描写があったりする。あれって実際に可能なのだろうか。ワインのボトルは案外量があるし、度数もそれなりのものだ。それを空け切るのだから…そのストーリーに出てくるカップルは相当アルコールに強いのだろう。

それを彼女は一人でやろうとしている。彼女は一人で二役、できるのだろうか。そして、そいつから彼女は今日一日、逃げ切ることができるのだろうか。

今日だけだから、私を許して。ね。


May the wind be ever at your back

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