香水に恋しました

 働き始めてから、デパートをフラフラすることが多くなった。なぜなら定時の時間帯に仕事が終わると、帰宅するまでの道のりにはデパートがあり、なんとなくそのまま家に帰るのも癪なのでついデパートによってしまう。化粧品なりを眺めてふらついていると、ジョー マローンのお店が佇んでいた。
 今まで香水は苦手だった、なぜなら地元のショッピングセンターで乱雑にひしめいている香水たちが発する香りの集積が苦手だったからだ。しかし時は変わってここは池袋のデパートだ。帰宅するまでに時間があるし、なんだか気分転換したい。手当たり次第に気分で香りを嗅いでいると、「ダークアンバー&ジンジャーリリー」という香水に出会った。ブラックジンジャー、カルダモン、伽羅といった香りは、実家の仏壇やインドの川沿いでの、ヒンドゥー教徒たちの水葬を思い起こさせた。『ノルウェイの森』の緑が死んだ父に裸の身体を見せつけたのは仏壇の前だ。死後の穏やかな静謐をも想起させる香りは、自分の思い描く理想の水葬を思い出すとともに、世界のありとあらゆる存在から受け取るセンシュアルな生きる歓びを感じた。ここは池袋なのに。香りは不思議だ。
 時は過ぎて11月。サロンドパルファンでの出来事。イタリアの香水メーカー、パリエーリの「フロレンティア」に出会う。フィレンツェの街の香りをテーマにして作られたというが、フィレンツェにもイタリアにも行ったことがない。フィレンツェで作られる美しい包装紙を想わせるウッディなクローブやサンダルウッドの香りと、皮なめしの工場から漂ってくるレザーやアンバーの香りが特徴だという。試し付けをさせてもらうと、私の肌の上で甘くて人工的な香りが漂い、それは奥底にある記憶をノックし始めた。「あ!とっても懐かしい香り、でもなんだろう!」店員さんに向かってはしゃぎながら一生懸命思い出していると、幼いころの縁日の記憶がよみがえってきた。綿菓子の香り漂う縁日の空間で、スーパーボウルをすくった記憶。つるりとしたスーパーボウルの新しいゴムの香り。毎年毎年、近所の神社で、友人たちと落ち合って遊んだ楽しい日々。走馬灯のように幼いころの楽しい日々の記憶がよみがえってきて、思わず涙がこぼれた。自分の過去を優しく肯定的に包み込んでくれるような、得も言われぬ安心感。ムエットのオリエンタル系の穏やかな香りからは、インドで過ごした日々の大切な思い出も運んできてくれると確信できた。しかし残念なことに私の肌の上では、それは穏やかな香りというよりも過剰に甘い香りになってしまったので、購入候補から外れてしまう。
 香水を纏うことが、過去の美しい物語とともに生きることにつながるのかと感動し、私は香水に恋をした。ことあるごとに香水売り場に立ち寄って、今度はなりたい自分を後押ししてくれるような明るい未来へ向かうための香りを探している。でもそれはまだ見つかっていない。どうかそのうち、ふと現れますように。過去の温かな記憶とともに、未来への道筋を照らしてくれるような香水がほしい。祈りに似た気持ちで、私は私のための香水を探し続けよう。

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佐々木美佳
筆者は現在インドの映画学校で留学中のため、記事の購読者が増えれば増えるほど、インドで美味しいコーヒーが飲める仕組みになっております。ドタバタな私の日常が皆様の生活のスパイスになりますように!