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HOSONOとHOCHONO、きみとぼく。
3月6日に発売した、細野晴臣さんの新しいアルバム「HOCHONO HOUSE」が話題になっている。
この作品は細野晴臣活動50周年の節目にリリースされたもので、細野さんのファースト・ソロ・アルバム「HOSONO HOUSE」のリメイクだ。
ベテラン・ミュージシャンがよくやりがちな、なんとなくきれいに整えただけのセルフ・カバーではなく、完全に「リ・メイク」である。
発売してからずっと流し聴きしていて、ふうん、という印象だったのだが、昨日、帰りの高速バスの中で真剣に聴いてみたらもうぶっ飛んでしまった。
ワールドミュージック期からエレクトロ/アンビエント期へ。ここ10年ほどはネオ・カントリー期というのか、アコースティックな印象だったが、このアルバムはそれが全部盛りになっている。
さりげなくベースラインが変わっている。ドラム・パターンがめまいがするほど細かい。声がよりセクシーになっている。
そしてなにより、元々の楽曲が素晴らしい。そう、「HOSONO HOUSE」は本当に素晴らしい作品だったんだと再認識する。
2009年に会社に入って、物流センターに勤務になった。22歳。茨城の実家から埼玉県の和光市まで通っていた。ルーチンの仕事に馴染めず、会社に行きたくない日々が続いた。そんな日々に、ぼくはずっと「HOSONO HOUSE」を聴いていた。一度、朝6時半くらいに、車窓から朝日ときらめく川面が見え、そのときイヤフォンから「終わりの季節」が流れ、つくばエクスプレスの車内で泣き出してしまったことがある。
面白くない仕事、それを真剣にできない自分、満員電車、増えない預金通帳。それら全てがコップにひたひたとたまり、細野さんの歌声がだめ押しをして、水があふれた。
あれから10年。ぼくは32歳になり、同じ会社だけど全然違う仕事をしている。家族が出来た。むやみに悩まなくなった。預金通帳は相変わらず増えていない。
「HOSONO HOUSE」は1973年発売だが、ぼくにとっては、2009→2019の10年の時間の積み重ねをこの作品に感じる。
「HOSONO HOUSE」を聴いていたきみは、「HOCHONO HOUSE」を聴くぼくを見てどう思うだろうか。なかなかやるじゃないかとか、まだまだだねとか言うのだろうか。
いま日本中で、「HOSONO HOUSE」のあの頃のきみと、「HOCHONO HOUSE」の今のぼくが入り混じっているのだろうか。どこかで誰かが時の連なりを感じているだろうか。
ぼくは、日本中の"ぼく"に目くばせする。「セルフ・カバー」じゃなく、「リ・メイク」にしようぜ。なんならそりゃ、「オリジナル」をつくろうぜ。
「HOCHONO HOUSE」を聞いていてそんな連帯感を感じる。想いが乗る、というか。大切にしよう。
いやあそれにしても、新アレンジの「恋は桃色」はしびれるなあ。カッコいい。
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