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ユーミンという宇宙で浮遊した夜

 14歳のときに、VOYAGERと出会った。リビングからはクラシック、兄弟の部屋からはヘビメタが漏れ聞こえる家だったから、そうゆう音楽を聴くのは初めてだった。メロディーに言葉がのっているというよりも、言葉がメロディーで綴られているような音楽。カセットテープの傍らで、紡がれた言葉をほどいては仕舞い、やがて心の中に宝箱ができた。
 
 学生生活を終え、社会人になった時はまだバブル景気の名残があって、臨時ボーナスや会社のお金での飲み食いも経験した一方、崩壊の靄が少しずつ世の中を覆っていく様子も見た。独りで日々を過ごすのにはあまりにも孤独で、surf&snowが眩しすぎて聴けなくなった頃に、一緒に人生を暮らしていく人が自分には必要だと思った。
 やがて伴侶を得て、子どもも持てた。幸せだけど、目まぐるしい毎日。孤独ではないけれど、surf&snowがそぐわない生活。tears&reasonsを最後に、一旦、ユーミンをお休みした。

 それから30年近く経った。靄が晴れてきている。私もシニア世代目前になってきた。
 ここ20年は、子育ての傍ら、生計のために何かしらの仕事をしてきた。あくまでも家庭事情優先。扶養範囲内、就業時間、曜日、休日を優先した仕事選び。これは自分でそうしたいと思ってしてきたことなので後悔はなく、今は全うできた喜びしかない。
 ところが子どもが社会人になり、優先事項がなくなった。いや、厳密に言うと、優先事項が健康になった。そのため、フルタイムでの就業は諦めているのだが、パートタイムでも、自分の理想的な仕事に就くことを目指し、そして実現した。
 新たな人生の幕が開いたような気分になった。電車に乗り、街を闊歩する。これまでもしてきたことだが、今は景色が違ってみえる。今日の仕事を終え、さあ週末前夜。何でもできそうな自由な時間が、数十年ぶりに手の中にある。で、これからどうする?
 夫は家族の都合で実家に行ってしまった。いやいや、そもそも夫に頼るのはやめたい。すぐそばに勤務している、自立して別居している子どもAに電話をかけてしまった。これも、もう二度としないと決めた。誘いを断った罪悪感を感じさせたくないので、GWの予定確認の連絡だったように必死で装った。子どもBは既に今夜は飲み会と聞いている。つきあいのある友だちは何人かいるが、自分の都合のいい時だけ誘うのは良くないと、なんとなく数十年の人生から心得ている。自分1人でできること、は、そんなに急にあれこれ浮かんでこないものだな…このまま家に帰るしかないか。
 電車に揺られながら、これからの生活を考えた。30年前、独りでは暮らせない、と思ったが、これからの30年は独りでも時間を過ごしていけるようにしなければならないのでは?家族を持つことで、孤独を避けられた気になっていたが、いやいやどうして、孤独はいつもすぐそこにいる。
 そんなことを考えていたら、違う電車に乗ってしまって、遠回りして帰宅した。サラダと、駅で買った焼きドーナツを夕食とした。
 テレビをつけた。有料放送にする。サッカーのヨーロッパCLをやっていた。惜しいゴールがあり、部屋で独り、声を上げた。
 サッカーの後、SNSをチェックしたりして、テレビをつけっぱなしにしていたら、厳かな雰囲気になった。ユーミンのコンサートの幕開けだった。
 休日前夜の21時。思いがけずに女王降臨に遭遇する。時間が時代が人生がフラッシュバック。題して、TIME MACHINE TOUR Traveling Through 45years  これ、私のためのコンサートだわ。さすが、ほとんど知ってる曲で、一緒に声を出して歌う。中盤、「不思議な体験」で号泣。赤いダブルカセットデッキ、通学路のアスファルト、見え隠れする月灯り…あれからいろいろガンバったよな、私。
 ふと、玄関で音がして、飲んだら毎度午前様の子どもBが帰宅。今夜に限って早い。母の顔に戻しつつ、しかし、今夜は歌い続けよう。幸か不幸か、子どもBの耳にはワイヤレスなんちゃらが刺さっていて、お互い干渉することなく、2人のような1人のような空間で、ユーミンだけが、寄り添ってくれていた。
 3時間浸って、まだ次に、別のツアーの放映が続く。全部観たら午前2時になる。ママ、ユーミンでオールするわ、と言ったら、聞こえているのかいないのか、子どもBは目で、あそ、といった。

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