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家庭的シンギュラリティ

第一次冷戦が宇宙開発競争ならば第二次冷戦はアンドロイド開発競争と呼んでも過言ではないだろう。

大国二つの睨み合いの中、優れた人工知能の開発によりそれぞれの優位に立とうとする大国の姿勢は世界を席巻し、今や大勢の科学者達がアンドロイド開発に勤しんでいた。

ここ、スズキ研究所の博士とその助手もご多分にもれずその一つであった。

とはいえ大国の切迫した大学研究室などではなく同盟国で趣味半分といった具合で活動している研究所で彼らの日常は穏やかなものだった。

「博士、この記事読んでみてくださいよ」

助手から新聞を受け取った博士はメガネを額に持ち上げ目を細めた。

「どれどれ、同盟諸国アンドロイドコンテスト?いかんいかん私はこんなモノには参加しないよ。大国の連中はアンドロイドを戦いの道具としか思っとらん。だから造られるものは他国を威圧できる恐ろしい兵隊のロボットばかり。このコンテストもそういったアンドロイドが評価されるんだろう」

博士はコンテストに対して後ろ向きだったが助手は食い下がらなかった。

「いやいやだからこそですよ、こういった戦闘用ロボットが集まるコンテストに博士の目指す平和な家庭用ロボットを出場させればそのギャップで注目は集まります。そこで話題になれば世論も戦闘用ロボット廃止に傾きますよ」

「むむむ、確かにそうかもしれん。では一つやってみるか」

博士はメガネをかけ直すと早速設計に取り掛かった。

博士と助手のコンテスト用新型アンドロイド開発は順調に進んでいった。

スズキ研究所ではこれまでに博士達が作ったお手伝いアンドロイドが活動している。お掃除ロボや洗濯ロボ、お料理ロボに新聞朗読ロボ。彼らのおかげで二人は研究開発のみに注力することができたし制作時のノウハウも新型アンドロイド開発に大いに役立った。

新型アンドロイドは博士の希望でロボ彦と名付けられた。助手はAI学習機能を搭載したからとAiRinーアイリンーを希望したが博士は聞く耳を持たなかった。

「いいかね、ロボ彦のコンセプトは成長するアンドロイドだ。彼自身では何もできないが我々人間と接することでAI学習知能が経験を蓄積する。はじめは計算さえできないだろう。それは演算システムを搭載すれば簡単に実現するが我々が目指すのはこのロボ彦が自分自身の学習と経験から演算機能を身に着けることにあるのだ」

「なるほど、そうなると見た目も親やすいデザインがいいでしょうね。不気味になってしまうとよくないから人間に近づけ過ぎないで敢えてロボットらしい部分を残しましょう。大きさも抑え気味にして…」

かくして、ロボ彦は完成した。大きさはちょうど人の子供くらい、首に当たる部分にはアイカメラとスピーカーとモニターがあり、そこにはロボ彦の感情に合わせた表情が表示されるようになっている。銀色のボディも流線形を多用し、角ばった機械特有の威圧感が排除されたデザインである。

「博士サン、助手クン。コンニチワ」

ロボ彦はモニターに移る目をパチパチさせながら挨拶をした。

「やりましたね、成功ですよ」

「いやいやまだじゃ、ロボ彦にはこれからたくさんの経験を積んでもらわんとな」

それからコンテストまでの間ロボ彦は博士たちと様々なことして過ごした。絵本読んでもらい、音楽を聴き、花を育てた。

はじめは喜怒哀楽の四種しかなかったモニターの表情も細かい感情に対応したモノが増えていき様々な表情を見せるようになった。

そしていよいよコンテストは翌日に迫った。

「これは私の想像以上の学習機能だ。これなら本当に世論を動かすことができるかもしれん」

「そうですね、明日のコンテスト成功させましょう」

「ガンバッテクダサイネ」

「おいおい、頑張るのは君もなんだぞ」

「エヘヘ、ガンバリマス」

この数ヶ月何かと一緒に経験してきた助手とロボ彦は息がぴったりでコンテスト本番は助手が絵本を読み聞かせロボ彦がそれについて感想を述べるというパフォーマンスを行う予定だ。

そして同盟諸国アンドロイドコンテスト当日、各国の代表や研究機関が注目する中コンテストは順調に進められた。

冷徹な目つきで人間が話したモノの中から嘘だけを見事に言い当てる尋問アンドロイド、正確かつ素早い射撃で的を射抜いて見せた狙撃アンドロイド。どれも軍事力を見せつけ他国にプレッシャーを与えるようなコンセプトのアンドロイドばかりだった。

そんな中始まったロボ彦のパフォーマンスは始めは鼻で笑うような反応ばかりだったがが次第に反応はどよめきに変わり最後には会場いっぱいの拍手と報道陣のフラッシュに包まれて終わった。

コンテストでは特別賞を受賞し博士はその後のインタビューで質問責めにあっていた。

コンテストからしばらくたったある日、新聞を読んでいた助手が博士に声をかけた。

「博士、この記事読んでみてくださいよ」

助手から新聞を受け取った博士はメガネを額に持ち上げ目を細めた。

「なになに、『アンドロイドを保護するための倫理委員会の発足、アンドロイドの平和的利用を』か。」

「これでもうくだらない大国同士の睨み合いにロボットが使われることもないでしょう。計画は大成功ですね」

「そうじゃな、それについさっきアンドロイド開発の依頼が来たんじゃ。ロボ彦を元にした最新型の成長アンドロイドを開発して欲しいとな。忙しくなるぞ」

「しかし、博士我々の小さな研究所ではロボ彦のメンテナンスで設備も予算も限界ですよ」

「しかたあるまい、ロボ彦はスリープさせ一度解体して一部の機構は転用してしまおう」

スズキ博士と助手は早速作業に取り掛かった。

するとそこへ新たに発足したアンドロイド倫理委員会のスタッフが訪問してきた。

「こんにちは、今日は今、注目を浴びているスズキ研究所を取材させていただきたくて伺いました。おや、それはコンテストで受賞したアンドロイドのロボ彦さんではありませんか。何をされているのですか」

「これはな新しいアンドロイド開発のためにロボ彦のパーツを一部転用するために解体しておるんじゃ」

博士が答えると記者は顔を真っ赤にして怒り始めた。

「なんて酷いことをしているんですか。アンドロイド開発競争の世論を動かしたあなたがそんなことをするなんて。新たに締結されたアンドロイド倫理規則をご存じないのですか」

記者はカバンからアンドロイド倫理規則と書かれた何やら分厚い本を取り出して助手に突きつけた。

「どれどれ『アンドロイド規則第三条、アンドロイドの活動権利を尊重し途中で機能停止させたり破壊をしないこと』ですって」

助手の後ろから本を覗き込んでいた博士は慌てて反論した。

「しかしですなアンドロイドの維持には多大なコストがかかるのですよ、我々のような小さな研究所には負担が重すぎます」

「何を言いますか。アンドロイドを軽率に戦争の道具にせずもっと重んじるべきだとコンテストのインタビューで答えたのはスズキ博士ではありませんか。ロボ彦を解体しようならこの研究所は規則違反で取り潰しになりますよ」

そう言うと倫理委員会の記者は帰ってしまった。

「なんということだ。しかたあるまい、これからはロボ彦は起動したままにしてなんとか予算をやりくりして開発を行なうことにしよう」

しかし、ロボ彦が素直だったのはそれから数ヶ月のうちだけであった。それからは絵本を与えても「コンナ退屈ナ本イラネーヨ」と捻くれた態度をとるようになってしまった。更にしばらくするとスズキ博士と助手と関わることも避け始め、研究所の二階にあった博士の書斎を陣取って引きこもってしまった。そして、研究所のお金で勝手にアニメやゲームを注文し始めた。ロボ彦は自分が偉い賞をとったことも規則で博士たちが手出しできないこともAI学習機能でちゃんと理解しているのだった。

博士と助手が引っ張り出そうにもアンドロイド倫理規則の権利を主張して抵抗するので強行するわけにもいかない、メンテナンスをせずにロボ彦が機能停止をしようモノなら研究所の責任なってしまうため結局毎朝お盆にのせた交換用のバッテリーとオイルをロボ彦のいる部屋の前に置いておくことになった。

それを少しでも失念しようモノならロボットアームで二階の床をドカドカ叩いて「オイ、バッテリーモッテコイ!」と叫ぶ始末。

博士たちは少ない予算をやりくりしてまた細々と研究していくハメになった。

「大国が冷戦のくだらない睨み合いにアンドロイド技術を利用していることが気に入らなくて始めたことだが、実際に経験してよくわかった。冷たい睨み合いはこうも苦労が絶えないモノだったのだな…」

博士はため息混じりにそう呟くと新しいバッテリーとオイルを乗せたお盆を助手に渡し、トボトボと階段を上がっていく助手の背中を見送った。





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