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「殺すな、先ず尋問すべきだ。」

 羽虫の来客が増える季節、突然の来訪に対して万全な歓迎ができず、彼らに恥を欠かせてしまう事は紳士の名折れに他ならない。

 無益な殺生をしない事は私の信念である。吸血を行わない羽虫の類は可能な限り外へ逃すことを心掛けている。しかし、生かす事は殺す事より難しい。

 そこで今回は私イチオシの急な来客のおもてなしを紹介する。用意するものはたった1つ封筒のみだ。

 お察しの通り封筒を虫網の代わりにする訳である。なぜ封筒なのか?封筒の1番の利点は素材にある、例えば、ビニール袋など不定形なものは口が広く捉えた虫を逃しやすく萎んだ底を整える際に誤って羽虫を潰してしまう恐れがある。一方で封筒は片手で両側に圧力をかければ紙が変形し口が適当な大きさに開けることができる。また、封の部分が足払いの役割を担い、壁などに張り付いている羽虫の足を引っ掛けてそのまま封筒の中に転げ落とすことが可能だ。後は簡単、玄関から丁重に見送るだけである。

 さて、ここからが本題になる。なぜ私が羽虫を許すのか。結論から述べてしまうとそれは私が許されたいからである。羽虫がまどろみの合間でやかましい羽音を耳元で響かせる行為は迷惑極まり無いことであり到底許されるべきでは無い。しかし、私はこれまでの人生でたくさんの人間に迷惑をかけてきた。許されないようなこともしてきたと思う。でも許してほしいのだ。だから私は迷惑な羽虫を許す。罪悪感から逃れる為に。

 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』においてカンダタが蜘蛛を助けたことが作中ではただの気まぐれとして書かれている。しかし、私はカンダタも無意識のうちに蜘蛛を許すことで自分も許されようとしたのでは無いかと考えている。結局のところそれはエゴに過ぎないだが。

 こうして私は睡眠を妨げる来客を見送ることに成功した。それから私は電灯から垂れ下がる蜘蛛の糸を引いて明かりを消す。暗闇の中で再び眠りの世界へ落ちていくのだ。

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