現代神話-七夕伝説-2005年から2006年の場合

冬も始まってしばらくした12月9日の朝、ある男がアマノガワのほとりでぼんやりと水面を眺めていた。

「はぁ、俺たちも恋人同士なんだ、クリスマスや年末年始くらい一緒に過ごしたいものだ」

ぼんやりと呟いた男の名は彦星、訳あって恋人の織姫とはこのアマノガワを隔てて暮らしており、年に1度、7月7日にカササギがカワを渡してくれる日以外は彼女と会うことはできないのだ。

彦星がため息もほどほどに顔を上げると岸辺に1羽の鳥が流れついているのが目についた。まだ息はあるようだった。

「やや、夏に世話になるカササギとは違う鳥のようだが恩を売っておけば対岸まで渡してくれるかもしれないな」

彦星はその鳥を家に連れ帰り手当てをしてやった。元々、牛飼いを生業にしているせいか動物の扱いは慣れたものだった。

その鳥はみるみる元気になって数日のうちに口も聞けるようになった。

「随分元気になったようで安心したよ。キミはカササギとは違うのかい？」

「ええ、ありがとうございます。私ははやぶさです。カササギではありません」

「む、そうだったか。それでははやぶさがこんなところへ何の用だい？」

「それが思い出せないのです。どこかのカワを目指していたことは覚えているのですが」

「ふむ、ここはアマノガワだがここではないのかい？」

「…いえ、思い出せないのですがもしかしたらそうかも知れません。見て回ったら思い出すかもしれません。案内していただけませんか？」

「ああ、それだったら俺も頼みがあるんだ。このカワの対岸に恋人が住んでいるんだ。見回るついでに俺を乗せて対岸へ渡ってくれないか？」

かくして、彦星とはやぶさはアマノガワの対岸へと旅立った。

対岸へと降り立った1人と1羽は織姫の家を訪ねた。

「まあ、こんな真冬来てくださるなんて嬉しいですわ。でもどうやって」

織姫は驚いた様子だったが、嬉しさが勝るのか笑顔で迎え入れてくれた。

「どうしても恋人とクリスマスや正月を過ごしてみたくてね、こいつのおかげなんだ。どこかのカワを目指していたようでね今は覚えていないそうだが」

「どうも、はやぶさと申します。結局何も思い出せませんでしたが、どうやら私が目指していたカワはアマノガワでは無かった気がします」

はやぶさは申し訳なさそうに言った。

「あら、でしたら私たちと一緒に過ごしましょう祝い事は大勢の方がきっと楽しいですわ」

こうして、彦星は織姫とはやぶさとクリスマスと年末年始を祝った。恋人と、そして友人と過ごす時間はとても幸せなモノだった。

2人と1羽はしばらく仲良く暮らし、1ヶ月が経とうとしていた。

そんな1月の終わりがけのある日、彦星は織姫と故郷の青い星を眺めていた。

「お二人とも何を眺めているのですか？」

はやぶさが訪ねた。

「ああ、星を見ているんだよ。見えるかいあの青い星だよ。僕たちは星になる前あそこで暮らしていたんだよ」

彦星ははやぶさに振り返りながら言った。

するとどうしたことか、はやぶさは泣いていた。

「おいどうしたっていうんだ、天の川に雨を降らすのはやめてくれよ」

「いえ、すみません取り乱してしまいました。でも思い出したのです。私もあの青い星から来たのです。使命を全うしなければ」

「む、そうだったのかそれは良かった。ではもう行ってしまうのかい？」

「はい、しばらくの間お世話になりました。私は旅立ちます」

「おっとそれじゃあ俺も対岸へ送ってもらわないと、すまない織姫行ってくるよ」

「ええ、とても楽しい時間でした。私たち普段は7月７日に会っているの。その使命が終わったらはやぶささんも是非いらしてくださいね」

彦星とはやぶさは織姫と別れを交わし対岸へと再び飛び立った。

織姫が見えなくなると彦星ははやぶさに尋ねた。

「ところではやぶさ、キミが目指していたのは結局どこのカワだったんだい？」

はやぶさが答えた。

「私が目指していたのはイトカワです」

１月23日、青い星のとある国のとある管制室では去年12月9日から通信の途絶えていたとある探査機との通信が復旧し、歓声が上がった。

その後、帰還した探査機は讃えられ。同じ名を冠した後続機が再び宇宙へと旅立った。

彼はまだ旅の途中である。だが、もしまた通信が途切れることがあったならば。

それは友との再会を喜んでいる時かも知れない。