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黄金の旅

ある日のエジプト、夜の帳と共に一人の男がピラミッドに影を落としファラオの黄金マスクを盗み出した。

「とうとう手に入れたぞ、ほとぼりが冷めたらこいつを売り飛ばして豪遊生活だ」

男は黄金マスクを金庫におさめ、念入りに戸締りをし眠りについた。

その晩、男は黄金で得た大金で贅の限りを尽くす夢を見た。

一本1000ドルもするワインを湯水のように浴び、大勢の美女に囲まれ・・・

いや、あれは誰だ。場違いで見慣れない奴がいる。

褐色の肌に腰蓑を纏い首や腕にはエキゾチックなアクセサリーを散りばめ腰にはサーベルを携えている半裸の男だ。

あれは古代のファラオだ。

「太陽のマスクをかえせ」

ファラオはサーベルを抜くとこちらへ向かってきた。

「よせ!やめろ!」

男は飛び起きた。

夢であることに安心すると共に金庫のなかのマスクに恐怖を覚えた。

「ファラオの呪い」という言葉を思い出しすぐにでも手放したくなったが盗品を一流の鑑定士のところへ持っていこうものならそれは自首することと同義だ。

翌朝、男は黄金マスクを闇市の宝石商に端金で売り飛ばした。

宝石商も同じだった。ファラオの夢は黄金の持ち主につきまとうようだった。

黄金は持ち主を転々とし続け、また形を変え続けた。

あるものはまじない師に雇い除霊を試み、またあるものはマスクを溶かし金塊に変えた。しかし、どの試みもファラオの夢を払うことには敵わなかった。

そして数百年の後、ジャンクパーツの山に埋もれていた黄金は資源として回収されブラックホールの調査に向かう宇宙船の部品としてロケットに組み込まれた。

「諸君、我々はこのロケットでついにブラックホールの調査に向かう。空間学の技術の発達によって得た次元ジャンプを使いブラックホールを目指す。しかしその技術を用いてもまた数年の時がかかる。」

ヤナギ隊長が3人の隊員たちを激励し言葉を続ける。

「そして我々の目的は時間を超えることにある。空間の研究は発展したが時間の研究はまだ未熟。我々はおそらく未来の地球に帰ってくることになる。我々が帰った時、君たちの子供はすでに老人になっていることだろう。君たちにその覚悟はあるか」

し過酷な訓練を潜り抜けてきた隊員たちの決意は堅いものであった。隊員たちは決意を引き締め勇しくロケットに乗り込んだ。

かくして、地球とその時代に別れをつげロケットは発進した。

彼らは次元ジャンプを繰り返し数々の星座を横切り、数年の旅路の末ブラックホールのそばにたどり着いた。

旅は過酷なものであったが隊員たちの絆はかたく誰一人欠けることなく健康なままここまでくることができた。しばしば妙な夢を見た気がするが宇宙飛行士の屈強な精神力の前で悪夢などはとるに足らないものであり特に話題にもならなかった。

「これよりブラックホールのサンプルを採取する。当然だがここでは時間の流れが異なるため我々の過ごす時間と故郷の時間はズレていくこととなるぞ。それでは調査開始だ。」

それから三ヶ月間、調査チームはブラックホールの研究や付近の天体を観測し多くの貴重なデータを採取した。

「よくやった諸君これにて調査完了だ。これより地球へむけて発進する。」

ヤナギ隊長が賛辞を述べ故郷へ向けて舵をとり発進した時、ガコンと不穏な音。続いて警報機が鳴り始めた。

「メインタービンの信号が消えました。このままではブラックホールの引力を振り切って発進ができません!」

メカニックの隊員が叫んだ。

「なんだって!俺たちはデータを持ち帰ることもできず、ここで死んでしまうのか」

隊員たちは青ざめ口々に不安を述べた。

「落ちつくんだ!」

ヤナギ隊長の一喝を受け隊員は口をつぐむ。

「タービンがダメになった以上推進力による脱出は難しいだろう。しかし、我々には次元ジャンプがある。ブラックホールのそばで行う以上さらなる時間の超越や超重力によるイレギュラーが起こるやもしれん。あるいは我々には想像のつかないようなことが起こるかも知れない。」

ヤナギ隊長は語気を強め言葉を続けた。

「だが、我々は人類の悲願とも言えるブラックホールの調査を行った。このデータはなんとしてでも持ち帰らねばならない。覚悟を決めて故郷へ帰るんだ」

隊員たちはヤナギ隊長の言葉に胸を打たれ旅立った時と同じ覚悟を胸に次元ジャンプを決行した。

激しい衝撃の後、気を失ってしまったのだろう。ヤナギ隊長は目を覚ました後、しばらく茫然とシートに座ったままでいた。なにか夢を見たような気もする。

だんだんと意識が戻り、ふと横に目をやると隣のシートでメカニックがぐったりと倒れていた。まだ息はあるようだ。

後ろのシートの二人の様子を見ようと振り返るとそこにあったのは潰れた肉と血の塊だった

「なんということだ・・・」

流石の隊長も心穏やかではいられなかったがすぐさま冷静さを取り戻しメカニックをゆすり起こした。

どうやら後ろの二人は歪んだ重力の影響を受け潰されてしまったようだ。

二人の遺体を片付けると隊長とメカニックは船の状態と現在の場所、時間の調査に取り掛かった。

「うーむ原子時計は故障してしまったようだ今の時間がいつか分からないな」

「座標計測器も故障しています。現在の場所も不明です。我々は結局仲間を失い宇宙で彷徨うことになってしまうのでしょうか」

この絶望的な状況では隊長も励ましの言葉が見つからないのか不安なままその日は休むこととした。

何日たっても解決の糸口は掴めず、絶望したメカニックは衰弱し始めていた。

「隊長、最近妙な夢を見るんです。夢の中に故郷の景色と共に褐色の男が現れてカエセカエセと言うんです。私はおかしくなってしまったのでしょうか」

メカニックの声は日に日にか細くなっていき夢の話ばかりするようになった。

そして最期にはカエセカエセといいながらとうとう死んでしまった。

一人残されたヤナギ隊長はもはやこれまでと項垂れた。

「俺もまた故郷に帰ることなくこの闇の中で死んでしまうのだろうか」

どこまでも続く宇宙の暗闇にうんざりしながら窓の外を覗くと一際明るい恒星が目に入った。

「太陽だ」

それは懐かしい故郷の光だった。

その光は隊長の目に再び輝きを与えた。

「もしあればが太陽であれば、そしてこの距離ならば一度の次元ジャンプで太陽系の惑星周回軌道に乗ることができる。これならば地球に帰るかも知れない。」

ヤナギ隊長は船の最後の力を絞り次元を越えた。

ひどい重力酔いの中メカニックが最期にうわ言で繰り返していた褐色の肌をした男の夢をみた。メカニックは悪夢だと言っていたが俺には何故か懐かしさが感じられ。心も少し落ち着いた。

目を覚ましたヤナギ隊長は窓に飛びついて外をみた。

そこには青い星があった。

「故郷だ。帰ってきたんだ」

もはやヤナギ隊長にとって宇宙調査の使命だとかそんなものはどうでも良くなっていた。それにただ1人になったヤナギはもはや隊長ではなかった。

ヤナギはただ早く故郷の土を踏みたかったのだ。

しかし、着陸場所を探そうと地球を見下ろしながら衛星軌道を回っても森に山に平原にどこにも人類の街も文明も見当たらなかった。

「なんと言うことだ、きっと何千年も経って人類は滅んでしまったのだ」

だが根気良く探し続けると砂漠の地域には建物がたっているようだった。

「ついに見つけたぞ。あそこには生き残りが暮らしているに違いない」

ヤナギは砂漠の中心の平らな場所に船を着陸させハッチを開け地球の大地を踏みしめた。

だが、久しぶりの大地に感動する暇はなかった。

地上からロケットをみたのだろう砂漠の街の人々が船の周りに押しかけて意味の分からない言葉を口々に叫んでいる。

「や、なんだこいつらは。持っている道具は石や木でできているし服も半裸のモノばかり人類は野蛮人に逆戻りしてしまったのか。」

すると褐色の野蛮人をかき分けて神輿に乗った男がやってきた。どうやらこいつらの王らしい。

神輿の長が近づいてくるに連れてその顔や姿に見覚えがあることに気がついた。

こいつは夢に出てきた褐色の男だ。

呆気に取られているうちにヤナギは押されるがまま神輿に載せられ王の横に座ることとなった。

そのまま神輿は来た道を引き返した。次第に立派な石造りの建物が見えてきた。どうやらこいつの宮殿らしい。

宮殿にはいるとヤナギは王とともに立派な椅子に案内された。

そこでは次々とフルーツや肉が運ばれ美女たちの舞も始まった。

俺の座っている立派な椅子の背もたれには抽象化された太陽の絵がかかれていた。

俺を天からの使いと勘違いしているのだろうか。なんとも原始的だ。

しかし、宇宙食ばかり食べていたこともあって新鮮なフルーツや肉は涙が出るほど美味かった。

ヤナギを歓迎する宴はしばらく続き、次第に連中の言葉もわかるようになってきた。この砂漠の国の王は民からファラオと呼ばれているらしい。

明日は建設中のファラオの王墓に案内してくれるそうだ。

ファラオの王墓は立派なモノだった。巨大な三角形の石造りで何千年先の未来にも形を保っていられるような。

それはヤナギもよく知るピラミッドそのものであった。

「俺はブラックホールの影響を受けた次元ジャンプで遥か未来にきてしまったと思っていたが実際はその逆だったのか」

だが、砂漠の国での暮らしは悪くなかった。ヤナギは太陽神の使いだと思われているようで何年かかけてヤナギのための神殿が作られた。

そして、その頃には友人となっていたファラオに頼みかつての隊員たちをヤナギの神殿にて弔ってもらった。

それからヤナギは農耕や天文学など民たちに知識を与えて過ごすことにした。

また、この国ではファラオは神とされているらしく神の使いとされたヤナギと唯一対等に接してくれる掛け替えのない親友であり、彼との語らいは実に幸せなひと時だった。

それから数年の後、ファラオが病気に倒れた。寿命によるところもあったのだろう。ヤナギの未来の知識で一命は取り留めたがもう長くないことは明白だった。

「少し待っていてくれ。君にお礼がしたい」

ヤナギは神官達に頼んで俺が乗ってきた宇宙船に案内してもらった。

ロケットは度重なる次元ジャンプによる劣化のせいか砂漠の強い日差しのせいかボロボロに朽ちていた。

ヤナギは朽ちた外殻を神官達と剥がしてロケットのメインコンピュータを引っ張り出した。メインコンピュータには耐食性が高く電気抵抗の低い金が使われているのだ。

ヤナギはその金を持ち帰り職人達と共に立派な黄金マスクを作り上げそれを病床のファラオのもとに献上した。

ファラオは太陽と同じ色に輝くマスクを受け取ると感動のあまり涙を流した。そして、ヤナギも涙を流した。

次の日ファラオは死んだ。

いつか共に訪れた王墓の中へヤナギの送った黄金マスクを身に付け手厚く埋葬された。

だが、ヤナギはもう泣かなかった。

砂漠の国では死後、魂は冥界経て再び未来において蘇るそうだ。

それにヤナギは何千年か先の未来で再びファラオに会い、共に旅をすることを知っている。










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