金木犀
秋が香る。
学校から帰るとき、いつもみたいに自転車で田舎の道を通った。
向かい風になびくポニーテールは、自分で言うのもなんだけどちょっといい感じだった。
少し夏の蒸し暑さが残った、九月十日 金曜日。
風に乗って、金木犀の香りが飛んできた。
はっとして、思わずブレーキをかけた。
昨日はこんな匂いしなかったのに。
きょろきょろと辺りを見回すと、家の庭に立っている一本の木。
宝物を見つけた気分。
金木犀の自然な香りに包まれるあの瞬間が好きで、私が秋を生きる理由はそれしかない。
大好きな時間がやってきたことに、少しの戸惑いと溢れそうな程の幸せを感じる。
今日はいい日だ。
そう思った。
私が通っていた保育園の園庭に、金木犀の木があった。
外に出る度に甘い香りが鼻を掠めてきて、いつも金木犀のことが気になっていた。
その香りをずっと感じていたくて、木に咲いていた花をいくつか取ってティッシュにくるんで持ち帰ったことがある。
そうしていれば、いつまでもいい匂いだと思っていたから。
家に帰って見てみると、当たり前に茶色くしぼんで香りは消えていた。
五歳の私にはそうなることが分からなかったんだろうけど、なんだか悲しくて目頭が熱くなった覚えがある。
でも、それは秋の思い出。
私は小さい時から、金木犀が大好き。
十六歳になった今も、金木犀が大好き。
私の秋には、金木犀が必要。
オレンジ色の小さな花が、少しの間だけ周りを彩って、
おもわず撫でたくなるようなそのかわいらしさが、心を躍らせる。
これから毎日、風に乗って香るといいな。
素敵な秋がくるといいな。
たったひと月の幸せが、ゆるやかに続きますように。