コロナ後の注目食材、スーパーフード『鹿肉』の魅力
コロナ禍をきっかけに食トレンドが変化
飲食店で女性受けを考えてメニュー開発する場合には、これまで「あっさり系グルメ」や「ヘルシー料理」を企画することが多かったのですが、コロナ禍をへてトレンドの潮目が変わったように思います。
免疫力アップが意識されるようになり、アスリート飯への興味が増え、「がっつり系グルメ」や「スタミナ料理」のニーズが高くなっているからです。
グルテンフリー・グレインフリー食材や糖質制限メニューが次から次へと紹介されプロテインパウダーが話題に上がる背景には、穀物中心の食事を見直し「肉食」に重きを置こうという時代の流れがあるのではないでしょうか。
マスコミでは焼肉大好きという肉食女子が多く取り上げられるようになり、肉類を抜いたマクロビオテックから肉食を推奨するケトン体ダイエット(糖質制限で体内のケトン体を増やしケトン体を燃やしてやせる食事法)やパレオダイエット(農耕が始まる以前の狩猟生活を実践する食事法で原始人食といわれる)へと食トレンドに移り変わりを感じます。
畜肉食材の内容にも意識変化が見られます。今まで牛肉と言えばサシの入った箸でもちぎれるような霜降り肉が持てはやされてきましたが、今では食べごたえがあり高たんぱく低カロリーな赤身肉にも注目が集まっています。お肉屋さんで短角牛の赤身肉を見かけることも増えました。
同じ牛肉でもグラスフェッド(牧草肥育牛肉)の輸入が増え、農薬や遺伝子組み換えに無縁のライグラスやクローバーで育てたストレスフリーなグラスフェッドビーフを意識的に食材利用するレストランが増えています。
グラスフェッドの強みは何と言っても栄養価でしょう。
肉としての味わいはグレインフェッド(穀物肥育牛肉)の方が優るので比較すればアッサリとした印象になりますし、放牧で運動量が多いので肉質が硬めなのですが、ヒトの体内で作ることのできないオメガ3脂肪酸が豊富で、オメガ6とのバランスが1対1と理想的です。
加えて脂肪燃焼効果のある共役リノール酸は約2倍あり、現代人に不足しがちな鉄分は約3倍、美肌効果のある亜鉛も多いのでアンチエイジングや免疫力アップに意識が高いお客様に注目を浴びています。
健康食市場ではココナッツ油、亜麻仁油の次にグラスフェッドバターのブームが到来すると読む専門家もいて、バターコーヒーダイエットが女性誌で取り上げられたりしていますから、健康的なグラスフェッドは今後のメニュー開発で意識したいトレンド食材のひとつといえます。
赤身肉として鹿肉が優れているわけ
グラスフェッドの牛肉よりさらに低カロリー高たんぱくな赤身肉として知られているのが馬肉や鹿肉です。
どちらも俊足であり筋肉質に優れた動物ですからアスリート飯に積極活用したい食材であり、馬肉は含まれるグリコーゲンが疲労回復に役立ちますし、鹿肉は自然界で暮らしているために野草や木の実・樹木の皮などを食べており天然ミネラルが豊富です。
特にビタミンB6やヘム鉄など重要な栄養素を多く含み、魚油に含まれ血液をサラサラにしアレルギー軽減効果が期待できるDHA成分も畜肉でありながら摂取できる利点があります。
鹿肉はもっと活用されてよい食材なのですが、ジビエで損をしているようです。フランス料理ではジビエが高級食材なのですが、日本人にとっては単に珍しい非日常的な食材、悪く言えばゲテモノの類だと思います。
たしかにジビエ料理が売りの人気店はありますし、高級フレンチでジビエ料理が出てくると西洋の歴史に裏づけされた希少価値があるように思うのですが、ふだんから日常利用している街場の飲食店でいきなりジビエ料理を出されても、お客様は手が出にくいのかもしれません。
年々害獣被害のニュースが増え、鹿肉料理も今は少しずつ知られるようになってきましたが、思ったほどには飲食店の料理メニューに定着していません。これは鹿肉の位置づけや説明のしかたを間違えているからではないでしょうか。
私は珍味としてのジビエ訴求よりも、グラスフェッドビーフの延長線上で、スーパーフードとして扱われるべき食材だと考えています。
また調理人の中には「けもの臭い」「肉がパサついている」という先入観から敬遠する人がまだまだいます。
けもの臭さは血抜きの良し悪しで大きく左右される要因です。猟師が適切な血抜きをしてくれれば、鹿肉内に残った血液が酸化することで発生するけもの臭が少なくなります。
近年では猟師にも食材意識が定着し、捕獲現場で止め刺しのできる特装車も増えていますから、処理方法に問題のある場合は減ってきているはずです。
肉のパサつきは、もともと低脂肪で繊維の細かい筋肉ではあるのですが、飲食店側の理解不足で解凍方法を間違ったために起きていることが多いです。
冷凍保存された鹿肉を自然解凍してはうまみ成分がドリップになって流れ出てしまいパサパサになりますし、加熱方法を間違えると筋肉質なために硬くてまずい肉になってしまいます。
鹿肉産地の猟師や食肉加工場には、もっと消費者ニーズや飲食店の調理方法を勉強して美味しい素材を提供するための努力をして欲しいし、飲食店には鹿肉を美味しくするための解体方法や保存方法を勉強して、産地に具体的なリクエストを出して欲しいというのが私の考えです。
猟場近くや外国で食べた鹿肉はもっと臭みを感じさせずジューシーだったのにという話を聞くと残念でたまりません。飲食店と猟師がもっと連携を高めてサプライチェーンモデルを構築する必要性を感じています。
エゾシカと二ホンジカは別もの
日本に住む鹿には7つの地域亜種がありますが、食肉市場では本州以南に住む鹿をまとめてニホンジカと呼び、北海道に住むエゾシカと分けるのが一般的です。
これは体格の違いや食味の違いによるもので、エゾシカは他のニホンジカに比べて2倍から3倍の大きさがあり100kgを超す個体も珍しくありません。オスでは170kgにも達します。大きいから肉質がどうしても硬めで大味になり、市場流通では別物扱いされています。
環境省の推計によれば2019年末時点でエゾジカが50万頭ぐらい、ニホンジカが200万頭ぐらい生息していると考えられています。食肉市場ではエジシカの方が多く流通しているように見えますが、これは北海道が早くから地域をあげて鹿肉活用に取り組んできたためでしょう。
エゾシカは流通量がだぶつくと一部にディスカウントが見られます。お得感はありますが、あまりにも安すぎるケースでは廃棄前の在庫処分をしていることも考えられますから注意してください。
日本の狩猟解禁は11月15日から2月15日までと定められており、この時期に捕獲された鹿が冷凍保存されて流通するというのが基本です。
ただしこれとは別に自治体によっては害獣駆除を目的に捕獲制限が一部解除されることがあり、数は限られますが一年を通して生肉も手に入るようになっています。ニホンジカの食肉加工所が通年営業できるのはそのためです。
対してエゾジカは美味しくなるのが秋以降である上に道庁の条例による縛りもあるので、ほとんどが冬季の狩猟期間に集中捕獲されています。
レストランでの鹿肉活用メニュー
フランス料理には「ジビエの皿の上には命のすべてを表現しなければならない」という不文律があり、一頭を無駄なくすべて使い切るというのが基本です。
日本は政府が定めた食肉利用のガイドラインでジビエ肉の内臓は食用に流通させないように指導されていますし、狩猟時に内臓が破裂して汚染した肉や、解体時の内臓摘出で内臓に異常を感じた肉は安全を考えて食用にしないこととされますので、飲食店が精肉加工されていない肉を調理して提供するのは控えなければなりません。
調理する上で注意すべきなのは、野生動物のリスクを回避するために中心温度75度で1分間加熱と同等以上の加熱が必須とされていることです。同等以上というのは加熱条件が70度ならば3分、65度ならば15分ということです。
鹿を部位別に見ると、大きな塊肉が取れるモモ肉がもっとも調理しやすいです。背ロースや内ロースは繊維が細かく脂肪分も適度なのでステーキに適します。肩ロースはローストに向きます。
ちなみにローストビーフはローストベニソンの「鹿肉」を「牛肉」にアレンジして生まれたメニューです。ベニソンの方が先ということですね。
ウデは煮込みに適します。ロシア料理にはトゥショーナヤ アレーニナという有名な蒸し料理がありますし、国内ではポトフや赤ワイン煮込み・味噌煮込みを多く見かけます。
バラ肉は薄くてペラペラですが骨付きのスペアリブにすれば豪華で、かぶりつけば濃厚なうまみを楽しめます。
カタやスネは筋っぽく肉質が硬めですが肉のうまみを堪能できます。
ネックは味が濃くゼラチン質を含むので煮込み料理に向きます。挽肉にしてテリーヌや肉団子にしても楽しめます。イタリア料理のポルペッティーネが代表的なイメージです。
低カロリー高たんぱくで栄養価の高いアスリート飯の食材は人気があり、鹿肉はまだまだ市場価格が高めですが、これからますます有効性が注目されていくでしょう。
まずはスポットで鹿肉メニューにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
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