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最後に行き着いた店は。。。
有閑学生の僕は、相変わらず夜は家に帰らず、遊んでばかりいた。
ある日、久しぶりに会った井上が面白い店を見つけたというのでついていった。
その店は、東山手のオランダ坂のすぐ近くにあった。
店の名前は忘れてしまった。
店に入ると、そこは、飾り気のない、さっぱりとした内装。
10席ほどのカウンターだけの店。カラオケのモニターが2か所左右にぶら下がっている典型的なスナック。でも結構明るい。
カウンターの中には、ちょっと年配の女性と若い女性二人。とりたてて美人というわけでもない。
何が面白い店なのか分からない。ただ奥の壁に大きなブラジルの国旗が貼ってある。
とりあえずスツールに座って、井上に注文をまかせると、
タンブラーに氷が浮かんだ、焼酎のような透明のお酒らしきものが出てきた。
すると、前に立っている女の子がこういった。
「これはね、ピンガっていうの」
「ピンガ?」
「ブラジルのお酒だよ。ブラジルではみんなこれを飲むの」
そう、ここはブラジル人家族がやっている店なのだ。
正確に言うと、みんな日本人で、ブラジルに移住した何世めかの日本人家族が、日本に戻ってきて店を始めたらしい。店にいるのはお母さんとその娘二人。戻ってきたというのが正しいかどうか。
話しかけてくれたその女の子は、あけみちゃん。
きさくでよく笑う明るい女の子だった。
以来、ひとりで月2か3ぐらいで通うようになった。
井上とはめったに会わなくなっていたが、会ったときはこの店によく来た。
ピンガは、別名カシャーサともいう、ブラジル原産の蒸留酒で、サトウキビを原料としている。サトウキビが原料なので、ラムの一種とも言われるが、ブラジルの法律で製法が定められており、ラムとは区別されている。カクテルでもラムとしては扱わない。
あけみちゃんが言ってたように、ピンガはブラジルの国民酒といわれているらしく、消費量がすごい。世界で2番目の消費量らしい。1位はウォッカ。ウォッカは世界各地で飲まれているが、ピンガは世界市場ではそれほどでもないから、ブラジル人はどれだけ飲んでいるんだろう。
ほんのり甘くて口当たりはマイルド。その店では水割りしか出なかったが、すいすい飲んでしまう。僕のボトルはどれくらいのペースで無くなっていたのだろう。でも、とても安いお酒で、学生の財布にやさしかった。
水割りと言うのが時代なのか、ブラジル特有の飲み方なのかは知らない。
常連さんが何人かいて、いつも誰かと一緒になった。
そのうちその常連さんたちとも話をするようになり、すっかり僕はその店になじんだ。
部活の飲み会の2次会でも後輩たちを連れていったが、後輩たちもすぐにあけみちゃんたちと仲良くなった。
ピンガをそこそこ飲み、カラオケを歌い、あけみちゃんたちとケラケラと他愛ない話をする。
大人の真似をしたくて、いろんな酒場を試してみて、学生時代の最後に行き着いたのがこの店だった。
スナックで女の子と飲むなんて、学生だったのに、僕はもうおじさんたちの飲み方になっていたのかと今ふと思う。ちょっと違うと思うけどね。
あけみちゃんとの他愛ない話が楽しくて、結局卒業ぎりぎりまで通った。
最後は卒業式のあとの謝恩会の二次会だった。研究室のみんなを連れて行った。そのときはなぜか研究室のみんなが彼女同伴で飲んでいて、僕の彼女も一緒に行った。(彼女は今の妻のことである)
いつ行ってもなぜか楽しかった。
それはきっとあのブラジル人家族が楽しかったからだろう。
そこに行くといつも笑っていた。
バカ騒ぎをするわけでもなく、ただみんなでケラケラ笑っていた。
いろんな酒場を経験して、最後にいい店をなじみにすることができたと思っている。
なじみの店と言うのは、そこにいる店の人との交流なのだと、その頃に知った。
そしてそういう店は、店のスタッフの人柄が作るもので、そこに似たような人柄のお客たちが集まる。
僕の店はそうなっているだろうか。
その評価は来てくれるお客さんをみればわかるはずだ。
僕が好きな人たちが来てくれていれば、やってきたことは間違っていないと思う。