一期一会を実感したあの日の出会い。でもできればもう一度会ってみたい。
その人はふらりと現れた。
高身長のいい感じに口ひげを蓄えた精悍ですらりとしたその男性は、いくつかしかないテーブルから店の中ほどにある2人掛けの席に腰を下ろした。
7年前の夏のある日のこと。
店は相変わらず暇にしていた。
初めてうちに来たとすぐわかるそのお客さんは、
「とりあえず、ビールをください」
とお決まりの注文をしたあと、
「じゃあ。カプレーゼとバゲットをください」
とちょっと粋なおつまみを注文した。
そのスマートな所作とも併せて、センスのある大人を感じさせた。
カプレーゼはモッツアレラチーズとトマトにバジルを合わせて、岩塩をふり、エクストラバージン・オリーブオイルをかけたものだ。今ではポピュラーなイタリアンのオードブルで、家庭でも作る人も多い。
食べ進むと皿に、岩塩の塩っ気のきいたトマトの汁とオリーブオイルが残るのだが、このトマトの汁とオリーブオイルが混ざったものをバゲットにしみこませて食べると旨いのだ。
それをこのお客さんは知っていた。
食べ慣れているとこの食べ方に行きつくが、多くのお客さんの中でもこの食べ方をする人は珍しい。
バゲットをちぎりながら、口に放り込み、ビールで流し込んでいると、
「バゲットの追加をください」
と注文した。
実はこれで、結構お腹が満たされる。
ひとしきり、食べた後、その人はこう注文した。
「モーレンジィをロックで」
「モーレンジィ」とはスコッチウィスキーの「グレンモーレンジィ・オリジナル」のことだ。
「モーレンジィ」と呼ぶとはまた、注文し慣れている感じで、
そこまでの一連の流れが、実に洗練されていて、スマートで、粋で
その人に、いわゆる都会のエスプリを感じていた。
そのモーレンジィのロックを飲み始めて、ひと心地着いたころ、
「ご旅行ですか」とお決まりのセリフで尋ねてみると、
「司馬遼太郎が好きで、『街道を行く』をたどってここまで来ました」
もうセンスのにじみ出かたが半端ない。
さらにこんなことを話してくれる。
「普段、海の上ばかりにいるので、たまに陸を旅すると、できるだけ時間をかけて旅をしたいから、ここまでずっと鈍行列車で来たんです」
鈍行で来たというのも奇特な人で、いったい何時間かけてここまで来たのだろう。
というのも福岡から平戸に来るには、JRと3セクを乗り継ぎ、その3セクも乗り換えないとここまで来れないので、たぶん1日がかりなのだが、案の定、福岡を昼ごろに出た後、平戸にたどりついたのが、さっきだという。
うちは19:30開店である。福岡から平戸まで、車なら2時間の距離だが。
いや、突っ込みどころはそっちじゃない。
「普段、海の上にいるというのは、どういうお仕事ですか」
「ヨットに乗っています」
ヨットに乗るのが仕事?それって仕事になるの?
僕の中ではそこから頭の中で???が続く。
もう少し詳しく聞くと、五島※で開催されるヨットレースに招かれて福岡まで来たところで、台風接近のために中止の連絡を受けた。でもせっかく長崎に行くつもりだったから、そこから予定を変えて、「街道を行く」の途中の街をいろいろ訪れながら、長崎に行ってみようと思ったとのことだった。
(※長崎県に五島列島という離島がある。余談だが女優の川口春奈がここの出身)
要するに、ヨットレースに出るような人。
でも僕はまだヨットレースのことがよく分かっていない。
ヨットも小さいものあれば大きなものもある。
そもそもヨットに乗るのが仕事の人が出るヨットレースってどういうの?
根掘り葉掘り聞きたいのだけど、でもなにせ初めてのお客さんなのだ。
分からないまま、相槌を打つ。
「へえーそんなんですね」
「ところで、ヨットに乗るのがお仕事ということですが、レースに出ないときはどうしているんですか」
「普段は、ヨットの管理をしています」
ヨットの管理が仕事になるなんて、世の中にはいろんな仕事があるもんだななんて、その時は分かったような分からないような感じだった。
「レースのことを本に書いたこともあるんですよ」
え?本?
「『処女航海』っていう本です」
「そうですか、今度読んでみます。もしよかったら本を探したいので、お客様のお名前を教えていただいてもいいでしょうか」
「<はらたけし>といいます。原っぱの<原>に健康の<健>です」
「今夜はありがとうございました。珍しいお話を聞かせていただき楽しかったです」
そういって見送り、原さんが帰った後、ネットで調べてみたら、
かつて、アサヒスーパードライのCMにも出てきた、日本を代表する有名なプロヨットレーサーだった。そのCMは見たことがあった。
1994年のアメリカズ・カップに出場し、その後も有数の世界大会に数多く出場している。アメリカズ・カップに出場するヨットは、僕みたいなヨットに詳しくない者がみたらびっくりするぐらい豪華だ。
そのとき、『処女航海』は手に入らず、その代わりに
『回航2万マイル -太平洋の記憶、ベンガルの軌跡-』を読んだ。
オーストラリアで開催されるレースに出場するのだが、そのためには、レースに使用するヨットを日本からメルボルンまで運ばなければならない。完全に外洋の太平洋を安全に運ばないといけないわけだが、レースよりこっちのほうが過酷で技術がないといけない。その記録の本だ。
これを読んで、あらためてすごい人だったんだと知った。
しかし、その人が同い年だと知って、またびっくりした。
原さんは、うちに来たその2年後、東京でバーを開店したらしい。
実はかなり、お酒が大好きな人だったみたいだ。
そういえば、会話の途中でこんなことも言っていた。
「でも、もう50になったんでそろそろ次の人生を考えないとなとも思っているんです」
世界中を旅した原さんだから、きっと素敵なお店にしたんだろうなと思う。
これを書いた後、改めてネットで調べていたら、原さんはまたヨットレースに出ていた。Transat Jacques Vabre 2019で、約3か月という長期のレース。
その記録がネットに掲載されていた。
そのタイトルが、「はらたけしの…..海道をゆく」
ふふふ。