やりたいことを否定されるとき
あくまでも体感だが、私は、あれをやりたい・これをやりたいという意思をあまり尊重されてこなかったという感覚が強い。勿論、これをやってみたい!と声を上げて、人がついてきてくれたこともあるので、いつでもどこでも否定され続けてきたという訳ではない。けれど、否定された経験というのは、苦く、強く残るものだ。
納得できない「否定」の一つについて書こう。語劇サークルに所属していた時代、私は、自身が演出をするわけではないが、プーシキンの『スペードの女王』をずっとやってみたかった。そもそも、サークルに入った段階でも、所属したのちでも、「演出をやる人が芝居を決める」というルールは存在していなかったし、寧ろ、皆で話し合って作品を決めるというのも作業の一つだと聞いていたから、それが楽しみで入った理由の一つだといっても過言ではない。後に、セクハラのNN君が、「自分が演出なのに、自分がやりたいのと違う作品を演出するなんておかしい」といったトンデモ理論を打ち出してきたが(じゃあ、依頼されて演出する人はどうなんですかね?ちっさいなー今思えば……)、いざ自分が権勢をふるえるようになるまでは、彼も、「色々候補があるからね、○○(私の名前)がやりたいスペードの女王とかもね」なんて言っていたのだ。まあ、それはそれとして、問題はセクハラのNN君がセクハラが露見していなくなった時、それまでの重鎮・大学七年生のTW、つまり私の当時の彼氏がまた演出の座に舞い戻った時に起きた。
私は私で、ロシア演劇に、学生サークルとはいえまじめに携わっていたつもりで、色々とやってみたいことがあったから、それを主張することに何の違和感も覚えていなかったが、特に元彼にとってはそうでなかったのだ。彼は、一度、私が彼とやることにしていた芝居をドタキャンして他の人とのお芝居に逃げたということがあったのだが、自分の裏切りは棚に上げて、自分が舞い戻ってきたというのに、自分のやりたい作品に関する主張をやめる気のない私に怪訝な顔で言い放った。
「なんか、複雑だよ。折角、俺と芝居がやれるのになんで……」
ええ、ええ。そりゃ、あの時は。心残りなのは事実だけれど。でも、私は私で、やってみたいことができた。興味と意欲があった。それは、あなたと芝居をやるかどうかというのとは全く次元の違う話で。つまり、彼の彼女である私に、自分の意志主張があることは、彼にとってなんだか現実味のないことだったらしいのだ。彼が戻ってきたら、私は泣いて喜び、自分のそれまでの内的世界など放り去って、「TWとお芝居できてうれしい、だいしゅきっ」と内助の功にでも徹するものと思われていたらしいのだ。確かに、最初に一緒に何か芝居をやってみたかったのは事実だし、それを反故にされて、トラウマになるほど悲しく、今でもその時の失望が思い出されて殺意さえ湧くのは事実だが、それと、これとは全く違うのに。これは、私が女でなければ、女の恋人でなければ、多分起きなかったことだろう。
結局、その年には新入生が多かったこともあり、諸々の事由や、戯曲自体の魅力もあって、精神病院ものの芝居をやることになったのだが、それはそれでよかったとは思う。(とはいえ、今思うと、彼の描いた感傷的なオリジナル結末はちょっとナイーブすぎて、原作者の意に沿わない気がするけれど)
ところで、私は最後に、自分の好きな作家の作品を小規模な芝居でやることにして、有志を募り、沢山支えて貰いながらどうにかこうにかやりたいことを一つやり遂げた。その時、元彼は「何かできることがあったら…」と援助を申し出てくれたが、その本意は、私に対する影響力を失いたくなかったからなのだと強く強く確信している。私は彼の助力を最後まできっぱり断った。このことだけは、永遠に誇りにしたい。