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【仙石線廃線めぐり②】交差点を斜めに横断?
仙石線廃線めぐりの第2回目!
今回は、仙台駅を出発し、榴ヶ岡駅までの痕跡を探します!
仙台駅近くは再開発が進み、道路や建物に隠されてしまった部分も多いのですが、踏切跡を示す平板の設置が進んでいました!
というわけで、踏切跡を中心にめぐっていきます。写真には線路があったと思われる方向を入れているので、当時の姿を想像してご覧ください!地上時代の面影を探す上で、こちらのyoutubeがかなり参考になったので紹介させていただきます。
「仙石線廃線めぐり」では、2000年に地下化された仙石線の、地上時代の痕跡を紹介していきます。第1回では、仙台駅構内に残る廃線の痕跡を紹介しました、ぜひこちらもご覧ください!
それでは仙台駅を出発!
東七番丁踏切
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仙台ー榴ヶ岡間に5つあった踏切のうち、最も仙台寄りにあるのがここ「東七番丁踏切」です。
写真は奥が仙台駅側で、この道を左奥に進むと仙台駅東口やヨドバシカメラがあるという位置関係。仙台駅を出発した電車はこの道と斜めにクロスする形で走っていていたようです。
ほぼ痕跡はありませんが、強いて言えば、写真奥の青っぽいマンションの土地境界が一部斜めになっていましたね。
東八番丁踏切
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次は「東八番丁踏切」。地下鉄東西線の宮城野通駅がある通りの北側です。写真は奥が仙台駅側。この道を右に進むとアンパンマンミュージアムがあるということで、メロンパンナちゃん?の像と平板が並んでいます(笑)。
東九番丁踏切
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3つめは踏切シリーズの目玉「東九番丁踏切」です。
なんとこの踏切跡、交差点を斜めに横断しています!これは、当時からそうだったようです。危険なため、廃線になるまで手動で踏切操作をしていたというから驚きです。
この踏切を過ぎると初めて線路の面影を感じます。
榴ヶ岡三丁目東公園
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榴ヶ岡側、踏切奥に見える公園です。
地上時代の前面展望動画を見るに、当時から線路脇にあった公園で、廃線後に線路の敷地まで拡張したと思われます。
写真からはわかりにくいのですが、ベンチが線路跡に平行する向きで置いてあったり、元からあった公園部分と拡張部分で草の生え方が異なっていたりと、当時の痕跡が見て取れました!
草の生え方はストリートビューでも確認できます!
公園奥の道
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奥が榴ヶ岡側です。
公園奥から先へ続く道はなめらかにカーブしており、ご覧のように線路跡の雰囲気がひしひしと伝わってきます。なんと右奥に見える2階建てアパートは前面展望動画に映っていました!
東十番丁踏切
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右手が仙台側。
小道を抜けると、線路跡は開けた大通りを渡ります。ですが、ここに踏切跡はありません。廃線当時は住宅が並んでおり、なんと道はなかったということです!
次の「東十番丁踏切」は写真左奥の木があるあたり、榴ヶ岡天満宮近くです。踏切を示す平板はなかったので、この周辺を紹介します。
榴岡天満宮
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先ほどの写真で見た、木のあるところまで来ました。青線で示しているように、この並木の右側が廃線跡です。
右側の狛犬がいるところから榴岡天満宮へ階段があります。かつて、電車から見えていたであろう角度からの天満宮と、天満宮から見下ろしたときの景色も写真に収めてみました。
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榴岡天満宮は歴史のある神社なので、廃線となった区間の中も、注目すべき車窓だったのではないでしょうか。
寛文7年(1667)7月25日に3代藩主伊達綱宗公の意志により、丹塗りの社殿・唐門を新たに造営し、菅原道真公の真筆(直筆の書)が奉納され、この榴ヶ岡に御遷座された。
天神前榴ヶ岡公園
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廃線跡はそのまま細長い公園に姿を変えたようです。この並木はイチョウで、秋には銀杏がたくさん落ちています。
遊歩道として整備された道を進むと、宮城野通に面した現榴ヶ岡駅が見えてきます。
新倉通り踏切
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現榴ヶ岡駅の裏を通り抜けると、榴岡公園が見えてきました!公園側に渡る道とクロスする所にあったのが仙台ー榴ヶ岡間最後の踏切「新倉通り踏切」です!
平板は、榴岡公園と掘られた石碑の脇にありました。
旧榴ヶ岡駅
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新倉通り踏切を過ぎるとすぐに旧榴ヶ岡駅があった場所に到着です。今は榴岡公園のエントランス広場のようになっています!写真は奥が仙台側、大通りにはみ出すような形で線路や駅のホームがあったようです。
この大通りは宮城野通り。宮城野通りは、仙石線の地下化と前後する時期に作られており、線路がなくなった後、この旧榴ヶ岡駅付近が最後に完成したらしいです。
まとめ
今回はここまで!
第二回は仙台から榴ヶ岡まで歩いてきました!
痕跡のない街中でも、平板を探していくのは楽しいですし、後半は徐々に廃線を感じられる部分が増えてきたなぁという感じで、常にわくわくしながら巡ることができました!
次回は榴ヶ岡から先を紹介します!