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親友を1人失い、より幸せになった僕

 Mは僕の大切な「親友」だ。そんなことを以前書いた。

誰になんと言われようとそれは変わらない...はずだった。

 以前書いたnoteをMも見ていたらしく、感想までくれた。

「長々と嬉しいことしか書いてなかったな」って。どうやらMは喜んでくれたみたい。

しかし、GW中にzoomをしていた時のこと。

その日は、6月中旬に僕とMの2人でする東北1周旅のことで相談し合っていた。真面目に相談したかと思いきや、話は逸れてくだらないことばかり言い合う。そうやっていつものように1時間2時間と過ぎていく。

zoomも終わりに差し掛かった頃、話題は先ほどのnoteの中身に移った。

僕がどんな想いであのnoteを書いたか、なぜMについてnoteを書くと約束してから半年以上も時間がかかったのか、noteについてMが思ったことを話していた。

そんな時、Mが突如こんなことを口にした。

確かにnoteの中身は嬉しかったけど、タイトルには納得できなかった。なんなら今すぐ書き直して欲しいくらいだよ。

僕は理解に苦しんだ。なぜタイトルに納得できなかったんだ?そしてタイトルの何に気が喰わなかったんだ?

「どういうことだよ」と僕はMにたずねる。するとMは、

「親友」という言葉に違和感を覚えたよ。僕(M)は君(僕)のことを親友だとは思っていないからね

僕はMのことを親友だと思っていたのに、Mは僕のことをそうは思っていなかったのか。ショックというよりも衝撃が全身に走った。

その後、僕のことを親友でない理由をあれこれと説明してくれたけど、腑に落ちることはなくモヤモヤだけが残った。

 こうして僕は「親友」のMを失ったのである。

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 そして迎えた6月中旬。東北1周旅が始まる。

この時「親友」のMはいないけど、Mと仲違いをしたわけでも縁を切ったわけでもない。Mとの人間関係は失われておらず今まで通りの仲である。

相変わらずMが「親友ではない」と言った理由ははっきりしておらず悶々としていたけど。

 初日はひたすら移動。互いの近況を話したり、今後の人生について冗談を交えながら意気揚々と語りあった。

2日目から本格的な旅が幕を開ける。まずは福島県に入って、あぶくま洞と五色沼湖沼群を訪問。

丸1日一緒にMと過ごしたのは久々だったので、どうなるのかと若干不安ではあった。

というのも1日の大半は車での移動でずっと同じ空間にいるのだ。僕は1人の時間がないと精神的に疲弊してしまう。たとえどれほど仲が良くてもずっと一緒にいるとしんどくなる。

自分のこの気質が原因でMとなにか不穏な空気になったり、喧嘩をしたりしないか、そのことを心配していた。

実際のところ、それはまったくの杞憂だった。話すときは1時間くらいノンストップで喋りまくるし、笑うときは呼吸ができなくなるくらい笑う。

反対に疲れたときは何も言わなくても、表情から相手の気持ちや状況を読み取り、どうするべきかを察することができた。

だから1時間くらい音楽だけが流れ、無言の空気が続いたとしてもそこには気まずさは一切なく、むしろとても落ち着いた空間だった。

(テンション高い低いの波はとても激しかったけど、結局旅の最後まで修羅場や喧嘩は1度もなかった。)

 3日目は山形県に入って御釜噴火口を登ってから上山市にある銭湯にいき、その銭湯の近くにある駐車場で車中泊をすることに。

寝るには少し早かったので駐車場付近を散策していると、近くに足湯が。人もおらず貸切状態だったので入ることに。そこで3日目を振り返っていた。

その後、話題は「親友」のことに。僕はMの人間関係に対する考え方を洗いざらい訊くことにした。なぜMは僕のことを親友と思っていないのかという疑問も含めて。

するとMは、中学時代の先生が話していたことに触れながら僕に説明した。

Mいわく、人間関係にはいくつかの段階があるのだそう。

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親友という言葉も人によって解釈がまちまちだが、ひとまずここでは「互いに心を許し合っている友」としておこう。

親友までは聞いたことがあっても、「大親友」は聞いたことがなかった。なんでもかんでも「大」をつければそれでいいわけではないと思った。

Mも自信なさげではあったが、「信頼している度合いが親友よりも大きい人」と言った。

 そして人間関係の横綱に当たるのが「知音(ちいん)」。これも初耳だったので調べてみると、どうやらこの言葉は中国の『呂氏春秋―孝行覧・本味』という作品の中に出てくる話が由来らしい。

琴の名手であった伯牙(はくが)の演奏を彼の友人である鍾子期(しょうしき)はよく理解していた。

しかし、友人の鍾子期が亡くなり、伯牙は自分の琴の演奏をわかってくれる人はもう誰もいまいと思って、琴の弦を切ってしまい2度と琴を弾くことはなかったのだそう。

この話を聞いた魏(ぎ)の王朝の曹丕(そうひ)という人はこう言っている。

伯牙が鍾子期のために琴の弦を切ったのは、「音を知る(自分の音楽(琴)を真に知って)くれる人には会えないことを嘆き悲しんだ」

そこから知音は「自分のことをよくわかっている友」や「真に心の通じ合った親友」という意味があるらしい。

(「知音」という言葉自体はGW中にしたzoomの中でMが使っていたけど、僕はその時親友と知音の違いがわからなかった)

Mの説明を一通り聞いて僕は、「親友も知音も同じ意味ではないか」と言った。

しかしMは頑なにそれには反対し、親友と知音には明確な違いがあると言い張る。だが今ひとつピンとこなかったので、2人で足湯に浸かりながら知音について考えてみた。

最大の疑問は、「音(おと)」とは何を指すのかだ。音楽でないのは明らか。

頭を悩ませながら考えた結果、導いた1つの考えが「音=感覚/第六感」だった。

第六感:身体に備わった五感を超越して物事の本質を鋭く掴む心の動き

僕たちが導いた知音の意味は「第六感で互いを知れる関係」だった。

つまり、相手の表情や態度、振る舞い、声のトーン・抑揚・スピード、言葉のチョイスなどから相手の考えや気持ちを感じ取り理解できる関係こそが知音であるという結論に至った。

(言葉でこれ以上説明できないので、感覚的なものになってしまうのが歯痒いが。)

 僕はようやく親友と知音の違いが理解できた。

そのことを伝えるとMは僕にこう言った。

『僕(M)は中学3年生の時、先生からこの話を聞いてからずっと知音を持つことを夢見ていた。知音を持ったらどうなるのかなって。

高校生の時にとても仲の良い友達がいて、もしかしたら知音になれるかもと思っていたけど、結局友達で終わってしまった。

それ以降知音なんてできないんだとずっと諦めていた。

しかし、ついに8年越しの夢が叶ったんだ。僕に知音ができた。

それが君(僕のこと)だよ。僕に知音ができたこと、そして君が僕の知音で本当に嬉しいよ』。

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僕は嬉しさのあまり感極まった。

何もかもが正反対な僕たち。バックグラウンド、好き嫌い、趣味、得意分野、長所、短所、キャリア、年齢...。

ゼロから1を生み出すのが得意なMと1から2を作るのが得意な僕。

器用なMと超がつくほど不器用な僕。

コミュニケーションが上手で人の懐に入るのが抜群にうまいMとコミュ障で初対面が大の苦手な僕。

2人の共通点はほぼ皆無だけど、第六感では見事に繋がっている。だからこそ僕たちは知音という関係にまで到達できた。これは奇跡というほかない。

今までMほどフィーリングが合う人と出会ったことがないし、今後も出会うことはないだろう。

僕は「親友」のMを失ったけど、新たに「知音」のMができたのである。

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PS Mへ

ちょうど1年前の7月22日、僕たちは無人島で偶然会った。

あれから1年も経たずに僕たちは「知音」という関係まで上り詰めた。

こんな短期間でここまで到達できた理由はわからないし、今でもときどき不思議な感覚に襲われることがある。

しかし理由はわからなくても、いま君が僕にとって知音であることははっきりとわかる。親友を凌駕する関係になれて僕は本当に嬉しいよ。

2人でいるときはつい調子に乗ってひどいことを言ったり馬鹿にしたような言い方をしてしまうけど、心の中では君のことをいつもリスペクトしている。

君の何気ない一言や行動は僕に学びと刺激を与え、勇気と行動を駆り立ててくれる。君は僕の考え方だけでなく人生をもよい方向に変えてくれた。

「こんなときMだったらどうするかな。Mならなんて言うかな」って考えることが増えた。そしてそう考えて行動することで物事の運びが格段によくなった。

日本を旅するおもしろさに気づかせてくれたのも君。人との関わり方や関わることの大切さを教えてくれたのも君。僕が料理男子を目指そうと思えたのも君。人を好きになることの素晴らしさを学べたのも君からだった。サッカーの楽しさだけはいまだにわからないけどね。

 最後に、いくら言っても言い足りないし聞き飽きたと思うけど、最後にこれだけは言わせて欲しい。

ありがとう 

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