●転機のサイン
生活の彩の必要性、自立の大切さなどを痛感しながら、日々自分にできること、家族にできることを粛々としていく毎日。
夏が過ぎ9月になり、私は見つけてしまったんです。
出演者オーディションの投稿。
その劇団は、私が大学時代からずっと好きで、ずっと観ていた劇団。結婚して子育てに忙しくなり、2004年に観て以降は2010年12月に久しぶりに観に行っただけで、離れていたのは事実。それでも、大学の同窓会を機に触れる機会を増やしていたため見つけられたコトだ。
昔観ていた作品よりも、エンタメ要素が強くなっていてダンスや殺陣がガシガシ入ってる感じになっている。大丈夫か、私。と思いつつもこれはやりたい、絶対やりたいという心の叫びはとにかく強くて大きくて、無視できるモノではなかった。
人生いつ何があるかわからない。"いつか"や"あとで"は、ないかもしれない。そんなことをイヤでも感じたばかりだもの。やりたいのならやるべきだ、と。
夫の理解を得て、応募。
オーディションはとにかく楽しかった。たぶん緊張というよりも、楽しい嬉しいという気持ちがそうとう勝ってた気がする。
合格という奇跡の連絡を受けたのは、10月31日。長女の誕生日。電話には出られず留守電が入っていて、こんなことってあるんだ・・・と本当に驚いた。
顔合わせ、チラシの撮影、など、離れていた11年の間に小劇場演劇界ってこんなことになってるんだ・・・と、最後に舞台に立った頃とは違うことを知った。
かつての、劇団の作品には劇団員がほとんどで客演は多くて2人、みたいなスタイルじゃなくなっている。プロデュース公演みたいに、いろんなところから出演者が集まっていて、しかもその役者も事務所に所属してる方々が多い。
やっぱりちょっと気後れ、そりゃするよね。専業主婦よ、私。
でも、これが本当に大きな大きな転機になったことは間違いありません。
もう二度と演劇はやらないんじゃないかと思い込んでいたけど、そう思い込んでいただけだった。
稽古で家を留守にする時間が増えたので、家族のみんなが、自分のことは自分でやるように生活していたことがここで活きた。まさかあの日決めたことがココに繋がっていたなんて。
復活の公演の、稽古中からそうだったけど、自分だけにかける時間があることが、カラダのすみずみに充足感を与えてくれた。家事や育児に費やす時間の使い方とはまるで違って、細胞が水をぐんぐん吸っている感覚。
『あぁ、この細胞たちは無くなったわけじゃなくて、干からびてただけだったんだ』、と思い出したみたいに。
千穐楽、打ち上げを終え帰路についたとき、再びただの日常が始まるんだと思ったら、なんとも言えない気持ちになった。他の役者たちのほとんどは次の公演へと向かっていく。私は?人生のステージまで降りてしまうそんな恐怖にも似た感情でいっぱいになった。
1つ終えたら、欲は止まらない。出来ないと思っていたことが出来ると知ったら、もっともっととココロが欲しがる。
ここから、約7年。私は、演劇から離れていた約11年を埋めるように、とにかく走り続けた。
もちろんその約7年。決してすべてが順調というわけではなかったけど、他の人に何と言われようと、後悔はしていない。7年間、"生きているなぁ"って実感しながら生きてたんだもの。
2018年5月の公演を最後に、私はまた舞台を降りた。病気を抱えた身体で芝居と向き合うことが私にはできないと思った。その勇気がなかった。そのことで迷惑は絶対にかけたくなかったし。
で、その手術を昨年10月にした、というところにやっと着地します。
思い起こすと、長女を産んでから、何かしらの出会いや決断、結果やスタートなど、その先を大きく左右するようなことは10月が多い。
きっとこれは偶然じゃない。だからこれからもその"サイン"を見逃さず、しっかり掴みにいく。
※トプ画:X-QUEST公式サイトより引用
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