刃牙とタフ 90年代から続く最強のマッチョ格闘漫画は今どこまで進化したのか
「グラップラー刃牙」と「高校鉄拳伝タフ」。90年代にスタートしたマッチョ格闘マンガの双璧。
両作は「刃牙道」「TOUGH外伝 龍を継ぐ男」としていまだにシリーズが継続中だ。
連載スタートから20年以上を経て、なおその筋肉と闘いに魅了されて読み続けているのだが、ヘタすると自分がオトンや独歩に近い年齢となっていてビックリする。
しかし、刃牙の、キー坊の物語は、まだまだ終わりそうにない。かれらはどこに向かい、どこへ行こうというのか。
マッチョの殴り合いの上手さは刃牙とタフが世界一じゃないの
「グラップラー刃牙」の連載スタートは1991年。2020年現在、29年前だ。軽くめまいがするような年月がたっていた。
殴り合いの描写も含め、躍動感のあるマッチョを描く漫画家の双璧、刃牙の板垣恵介とタフの猿渡哲也。
しかし、筋肉描写のデフォルメのベクトルが両氏でまったく異なるのがおもしろい。
板垣は、中盤ごろから、人体のヒジとヒザから先を長く描くデフォルメがきわだつ。
▲シリーズ第二弾の「バキ」あたりからデフォルメは顕著になり、長身のキャラであるジャックなどはときにやり過ぎなほどアンバランスに。
「敗北を知りたい」ゆえに一度も勝ってなかったという禅問答で格闘の極北へ
刃牙シリーズでは登場人物の大半が「最強」を目指す。
最凶死刑囚編ではついに、強すぎるがゆえに敗北を知りたくなったんだけど実は一度も勝ってなかった、という禅問答のようなキャラも登場して、このあたりがシリーズの格闘モノとしての極北だったか。
さまざまな格闘、ケンカ、殺し合いを描いた結果、リキみに力んだテレフォンパンチがきまり技となっていく。
手足が長く、巨大な筋肉を搭載した肉体から撃ち出されるそれの迫力は読み手の脳をもシェイクし、筋トレのモチベーションをよびさます。
シリーズ第三弾、「範馬刃牙」では、ピクルがすべてをぶちこわす。
強さのインフレを防ぐため、絶対に倒せない最強キャラを設定した最初のマンガが「グラップラー刃牙」だったと思うのだが、それゆえに最強の範馬勇次郎との決着をつけることができない、というジレンマにおちいる。
決着つけたらおしまいだから。つけちゃったけど。味噌汁で。
強さのバックボーンがないピクルや武蔵は共感を得られない
ヒトではない人外の最強キャラなら主人公がたおしてもいい、ということで夜叉猿だったのだろう。
だが、ヒトという範疇を超えてしまうと、格闘ものとしての強さのバックボーンを失い、読者の共感を得られない。
夜叉猿を原型とした、ピクルとの戦いは盛り上がらなかった。
その強さの証明としてジャックや烈や克己をかませ犬とされても、冷めてしまう。
「刃牙道」では時空を超える最強者として、ピクルの次に宮本武蔵が登場する。
武蔵の描写はなかなかいい。剣を振るうシーンも、さすが板垣。
やはり問題は本部だ。あれはいったいなんだったのか。というか「刃牙道」自体、なんだったのか。
異常に食欲を誘うマンガ「刃牙」 独歩が紹興酒をキメるシーンは神レベル
今後、刃牙シリーズに期待するのは食事シーンだ。刃牙は、シリーズを通して食事にこだわるマンガだ。
主人公がおじやをかっこんでいるところから物語は始まり、ジャックのステーキをナポは伝説だ。
なぜこれほどまでにうまそうなのか。食べ物を咀嚼し、のみ下す描写が、圧倒的にうまいからだ。
愚地独歩が野菜餃子をアテに紹興酒をキメるシーンは強烈に酒欲を誘う。
食べ物そのものをうまそうに描く漫画家は数あれど、ヒトがものを食べる動作を、これほど見事に描ける画家は他にいない。
グルメ番組は、ヒトが食べてこそ。
デフォルメの効いた刃牙 写実的なタフ
「高校鉄拳伝タフ」は1993年の連載スタート。27年前。
シリーズ第二弾の「TOUGH」あたりになると、描写が異常に緻密になる。
高校鉄拳伝あたりまでは、人物の股上が深くて違和感があるが、骨盤をきちんと描くようになって、格闘シーンの描写は超一級となった。
板垣ほどにはデフォルメを効かせない。
写実的にマッチョの殴りあいを描く、ということなら、猿渡は世界一ではないか。
それだけに「なんだ貴様ーッ」のモブキャラとのクォリティ差がいやでも目立つのだが。
最新シリーズの「TOUGH 龍を継ぐ男」だと、筋肉の描写は極まる。宮沢静虎の筋肉が左右非対称なところとか、異常なこだわり。
鬼龍という最強のネタキャラ
刃牙シリーズでは主人公が明確な流派に属さず、その強さは優れた血統のみをよりどころとしており、体系だった技を習得していない。
タフシリーズではファンタジーな古武術が主人公の強さのバックボーンであり、格闘漫画のテンプレを踏襲していて安心して読める。
話が進むと、お約束として血統がアレして、という展開にはなるのだが。
パワーインフレ防止最強キャラとしては当初はオトンであり、「高校鉄拳伝」中盤からオトンの弟の鬼龍が登場するが、この鬼龍がいい。とてもいい。
初登場時のセリフもいいし、いつもブワッとしてるコートもカッコいい。
「国家と取引できる個人」という、勇次郎なみの戦闘力と知能を有しているのもいい。
なのに、三下のファントム・ジョーには重傷を負わされ、入院先では廊下を練り歩き、幽幻との戦いでは自ら仕掛けた高速道路バトルで車に轢かれてしまう。
なにこの人? でもそこがいい。
意外にていねい 構成の妙で読ませるタフ最新作
話を「TOUGH 龍を継ぐ男」に戻すと、ちょっとばかり年月をすっとばして主人公を新世代とし、仕切り直して話が始まる。
猿渡は、特にファントム・ジョーあたりから、設定とか伏線とか全部ぶん投げてしまうクセが目立つ。
真魔流とかゴーストフットとか、なんだったんだよアレ。
なので、正直本作にはあまり期待していなかったが、意外にていねいな展開で、読ませる。オトンの特訓、破心掌の会得、懐かしい。
そして物語は、キー坊が主人公の過去編へ。灘神陽流とか、木場活一郎が登場して、猿渡先生、なんだか過去作をきっちり復習してきてる。
使い捨てのかませ犬だろうと思ってた姫次も、ちゃんとストーリーに絡む。
過去編のキー坊は、道徳的な真っ直ぐさは過去作通りで、それがどうやってダークサイドに堕ちるのか興味深い。多分、あっさりと立ち直るんだろうけど。
タフと刃牙 その系譜
ということで、タフと刃牙、90年代から連綿と続く筋肉バトル漫画についてダラダラと語ってみた。
刃牙については、そもそも父に勝つという主人公の目的がすでに達せられており、これまでのキャラのかませ犬化と下克上でグダグダであり、もうなにがどうなってもアレなので、せめてもっと食事シーンが増えないかな。
タフについては、設定をぶん投げるという作者の悪いクセがどこまでおさえられるか。そして、灘神影流一門以上に強いやつはもう地上に存在しないんだから、どうやって話を続けるのかな、ってところですかね。