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有る と 在る
こんにちは、ゆうです🌱
日常の中で、
無意識に使っている言葉。
ふと立ち止まって、
その違いを考えてみました。
「有る」と「在る」
同じ音を持つ言葉なのに、
そこに含まれる意味は、まるで違う。
科学の視点から見る「有る」と「在る」
有るは、物理的に存在するもの。
測ることができる。
数えることができる。
所有することができる。
お金が、有る。
選択肢が、有る。
酸素が、有る。
科学的にいうなら、
有るは、質量を持ち、
客観的に存在を確認できるもの。
在るは、状態としての存在。
触れることはできない。
でも、確かにそこにある。
価値が、在る。
心の拠り所が、在る。
私はここに、在る。
物理的に測ることはできなくても、
確かにそこにあるもの。
心理学でいうなら、
在るは、主観的な存在、
意識が向かうもの。
オーロラや虹は「有る」か「在る」か?
オーロラや虹は、
確かに目に見える。
でも、掴むことはできない。
科学的には
光の屈折や大気の現象として有るが、
見る人の感情やタイミングによって
在るともいえる。
けれど、心理的には、
一瞬の美しさ、
移ろいゆくもの…として、在る。
何を持っているか。
どう在るか。
問いが変わると、
意識の向かう先も変わる。
心理学では、
有るに意識を向けると、
人は外的な評価を求めやすくなる。
どれだけの成功を手にしたか。
どれほどの富を持っているか。
在るに意識を向けると、
人は内面的な充足に目を向ける。
どんな価値観を大切にしているか。
どんな生き方をしているのか。
有るは、持つこと。
在るは、感じること。
どちらも、大切なもの。
けれど、もし今、
足りないものばかりに
目が向いているなら
どう在るかに、
そっと意識を向けてみても
いいのかもしれません。
科学は、有るを測ることができる。
心理学は、在るに気づかせてくれる。
どちらも、私たちの世界に必要なもの。
ただ、どちらを意識するかで、
見えてくる世界が変わることもある。
言葉は、ただの記号ではない。
何気なく使っている言葉が、
私たちの世界を形作っている。
「有る」と「在る」
どちらの世界に、
どれだけの意識を向けるかで、
生き方が変わっていくのかもしれません。