推し、繋がる。✿第15回|実咲
「光る君へ」第16話では、疱瘡(天然痘)の流行が始まった都が描かれていました。
遠き日に行成の父、義孝の若い命を奪ったのもこの疱瘡の流行でした。
連載の第11回でもお話しましたが、この疱瘡は日本の歴史の中で何度も大流行が起こっています。
安倍晴明は作中でも流行の兆しを感じ、「屋敷の門を閉める」というここ数年でも聞いたことのあるような対策を取っています。
この段階では、貴族たちには感染の波は押し寄せていませんが、確実に近い所まで来ているのです。
しかし最高権力者である関白道隆は悲田院(貧しい人や孤児を救うための施設)などの現場から上がって来る、薬や人材が不足しているという陳情には目もくれず、息子伊周の出世を引き上げ権力を固めるのみ。
しかし、道隆には体の倦怠感、視界の陰り、頻繁に飲む水と立て続けの症状が。
本人は知る由もないのですが、かなり糖尿病の影が色濃くなってきています。
この時期朝廷が行った疱瘡対策の一つに、菅原道真へ正一位左大臣、次いで太政大臣を追贈するというものがありました。
学問の神様、天神様として有名な菅原道真ですが、連載第11回でお話ししたように彼は藤原氏によって謀略により左遷され、失意のうちに九州で亡くなっています。
その後、怨霊となって清涼殿(宮中の天皇の日常の住まい)へ雷を落とし、多くの死傷者を出したとされており、当時平安貴族の中では「心当たりのある恨み」として恐れられていました。
もしかしたら、この疱瘡も道真の祟りかもしれない、と思った者がいても不思議ではありません。
そんな道真へ、正一位太政大臣を贈っているのですが、これは臣下の位の頂点。
最高権力者でもそうそうもらえるようなものではなく、「あげるものをあげきった」「これ以上、霊を慰める手段がない」という状態でした。
ちなみに京都の北野天満宮は、そんな道真の祟りを鎮めるために造営されたものです。
道真は後に、「日本三大怨霊」として平将門、崇徳天皇と共に並べられるようになります。
人気漫画『呪術廻戦』でも言及されているようなので、ご存じの方もいるかもしれません。
第16話で行成は、一条天皇と中宮定子の御前に伺候している面子の中に姿がありました。
行成は一条天皇に『古今和歌集』を自らの手で写したものを献上し、その美しい筆跡を披露しています。
行成筆による可能性が極めて高いものとされている『古今和歌集』としては、「伝 藤原行成筆 関戸本古今和歌集切」という作品が現代に伝えられています。
作中で『古今和歌集』を受け取った一条天皇は「大事にする」と口にしていますが、もしかしてこの時の物が「伝 藤原行成筆 関戸本古今和歌集切」なのではないかと思わせる演出でした。
行成はすっかり見目麗しい一条天皇に心奪われていた様子でしたが、この後も彼が生涯「一条天皇推し」であることは変わらないのです。
後にお互いに深い信頼関係で結ばれることになる二人ですが、その始まりの日だったのでしょうか。
ちなみにこの場にいる中で、連載第14回でもお話ししたようにただ一人行成だけがほぼ無職であるという厳しい現実は、引き続き変わらないのですが……。
もう少しの辛抱です!がんばれ行成!!
さて、今回登場した『古今和歌集』ですが、連載第9回でもお話した通り、日本最初の勅撰和歌集(天皇が命じて作らせた和歌集)として紀貫之などが編纂したものです。
「光る君へ」の中でもたびたび登場しており、和歌に関する教養としては「光る君へ」の時代において欠かせないものでした。
そしてつい先日、『古今和歌集』にまつわる大きなニュースがありました。
平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した、百人一首の選者としても有名な藤原定家。
彼はもちろん歌人としても高名ですが、なにより『源氏物語』をはじめとする多くの文学作品の研究もしていたという点においても、日本文学史における超重要人物です。
そんな彼が『古今和歌集』の解釈を記した書物が京都で発見されたというニュース。
しかも、定家本人が記した原本!!
少々癖が強いことでも有名な定家の字も見て取れ、平安オタクが大興奮する一報でした。
この国宝級の大発見は、定家の子孫である冷泉家の蔵の中に眠っていたものでした。
つまるところ、疑いようもない本物で、冷泉家でも明治期を最後に130年ぐらい開けていない箱の中から出て来たそうです。
冷泉家というのは、定家の孫冷泉為相以来「和歌の家」として歴史を紡いで現代まで続いている家です。
つまり、日本の和歌における総本家とも言っていいかもしれません。
さらに冷泉家の歴史を遡ると、御子左家という家になるのですが、この祖が藤原長家という人物。
この長家は、「光る君へ」に登場する藤原道長と源明子の間に生まれた息子です。
そして、藤原長家は(正妻倫子が産んだ息子も数えて)道長の六男ですが、彼は行成の娘を妻にしています。
しかし残念ながらこの娘は、結婚後数年で若くして亡くなってしまいます。
とても家庭を大事にする父親だった行成は、それはそれは大変悲しみました。
ちなみに、この行成の娘が亡くなった直後に、斉信が自分の娘と長家との結婚話を持ち上げ、行成が大層不快に思うという一幕もありました……。
「光る君へ」では親しい友人のように描かれている二人ですが、実のところ後年わりと不仲のようです。
大河ドラマのフィクションと、まさかの新しい発見が偶然にも重なったという大興奮案件。
もしかすると、長家を経由して行成の筆による『古今和歌集』を定家が見ていた可能性があるのかもしれません。
それがさらにもしかすると、在りし日に行成から一条天皇へ献上されたもので、ずっと「大事にしていた」ものかもだなんて……!!
あれこれ妄想が多いに広がり、オタクが興奮せざるをえない、そんな第16話でした。