床面の「汚さ」の実態②
前回の記事で,実に多くの隠れダストが床に存在していることがお分かりいただけたかと思います。ここでは,床にはどれくらい微生物(カビや細菌)が存在しているのか(世の中には知らなくていいこともありますが…)について解説したいと思います。
床面はカビだらけ?
“隠れダスト”は「チリ,花粉,カビ,細菌等,肉眼では見えにくく,床に存在し,空気中に舞い上がりやすい,人の手では取り残してしまうゴミやホコリの総称」とされています。
Whizで回収されたダストの中に,この“隠れダスト”の主要メンバーである真菌(カビや酵母など)や細菌が実際どれだけ含まれているのかを調査しました。ゴミパックの中のダストを生理食塩水で希釈し,その希釈したものを寒天培地にまいて,真菌類および一般細菌(*1)の培養を行いました。その結果,ダスト1gあたりに真菌類で約50万細胞,一般細菌で160万細胞が含まれていることが分かりました。ダストはもともと床にあったものです。床面には多くの微生物(カビ,細菌等)が存在することが示されました。
(*1)一般細菌:人の体温と同じ36℃付近で増殖する細菌の総称。いわゆる雑菌。
ATP測定値を真菌細胞数に換算すると…
ATP測定値が高い場所ではダストが多く存在することは前回ご紹介しました。これはすなわち,ATP測定値が高い場所には微生物(カビ,細菌等)が多く存在すると言い換えることができます。そこで,床面汚染度の定量的な目安とすることを目的に,ATP測定値の微生物数への換算を試みました。
ここでは,培養が容易な酵母(パン焼き用のドライイースト)を真菌のモデル生物と見立てました。十分に栄養を与えて培養し,増殖させた酵母細胞を,滅菌水(*2)を用いて原液(酵母細胞を培養した液)→10倍希釈→100倍希釈…と順番に薄めていきます(段階稀釈)。今までATP測定に使っていた試薬はふき取り用でしたが,実は液体用の試薬もあります。各稀釈系列について,液体用の試薬を用いてATP測定を行うとともに,顕微鏡観察により細胞数を計数しました。細胞数を横軸,ATP測定値を縦軸に両対数としてプロットしたのが以下のグラフになります。決定係数(R2)の大きな近似式が得られました。
培養した酵母細胞数とATP測定値には,大まかに以下のような関係が示されました。
100細胞以下:10RLU
1,000細胞:100RLU
1万細胞:1,000RLU
10万細胞:10,000RLU
100万細胞:100,000RLU
つまりATP測定値10,000RLUは,真菌細胞が10万(10^5)細胞存在するのに相当する,ということを表しています(ただし,栄養をたくさん与えて育てた酵母細胞を用いた結果ですので,過大評価をしている可能性があります)。
(*2)滅菌水:水の中の菌を完全に死滅させた実験用の水。厳密な無菌操作が必要な際に使用。
床面をきれいにすれば浮遊菌が減少?
床面のATPふき取り検査を行う際には10㎝四方100㎠の床面を綿棒でふき取って測定を行っています。床面で得られるATP測定値について,酵母細胞で推定したATP測定値と真菌細胞数の関係をあてはめると,下表のようになります。
例えば,100㎠のふき取り面積で10,000 RLUが得られた場合,真菌細胞10万細胞が存在すると推定することができます。つまり,10,000 RLU以上の床面を1歩歩くとします。その一歩の足元の床面にはカビなどの真菌類がおよそ10万細胞存在し,そのうちの一部,数万個の真菌類がまき上げられ,空中に散らされる可能性があります。繰り返しまき散らされることで,床以外の室内空間・空中に存在する浮遊菌(室内浮遊菌)が数万個/㎥以上となることが想定されます。1,000RLUの床面であれば,存在する真菌数は1桁下がり1万細胞程度と考えられ,結果的に室内浮遊菌量も1桁下がった数千個/㎥に抑えることができると考えらえます。
ATP測定値が全てカビなどの真菌類から得られるわけではありませんので,床面上に存在する実際の真菌数はこの推定値より少ないとは思います。しかしながら,床面には多くのカビや細菌などの細胞や生体物質が存在していることが考えられ,まさに浮遊菌の温床になっているといえます。床面を清浄にしておくことが室内空間の清浄化に繋がると考えられます。
著者プロフィール
中村 孝道 博士(農学)
株式会社熊谷組 技術本部 技術研究所 循環工学研究室 主任研究員
株式会社熊谷組Webサイト:https://www.kumagaigumi.co.jp/
東京農工大学大学院連合農学研究科にて学位取得(2005.3)後,2005.4~産業技術総合研究所(AIST)および2007.4~電力中央研究所(CRIEPI)にて博士研究員(Postdoctoral Researcher),2010.4~中外テクノス株式会社にて地中バイオエネルギープロジェクトリーダー,2014.4~地球環境産業技術研究機構(RITE)にて研究員を経て,2017.8~現職。主に微生物工学を適用した地下資源(石油/天然ガス)開発に関する研究に携わってきた。現在のメイン研究テーマは,バイオプロセスによるCO2有効利用(CCU)技術の開発。微生物機能によってCO2を原料にエチレンを生産する技術を開発し,2019.12にプレス発表を行った。他に,室内浮遊菌評価手法に関する研究開発に取組んでおり,その一環としてWhizの清掃機能に関する評価について,技術的・学術的に協力している。