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新しい街、ひとり暮らし。ベッドがあってもほしいもの

引っ越しを決めたら「どうせだし、なにか暮らしを心機一転したい」と欲がでた。だいたい皆そういうものなんだろうか。私の場合は、ベッドの上でごろごろする日常を変えたい、だった。

七転びしても一人で静かに八起きでき、転んだら手ぶらでは起きあがらない。転んだことに傷つくよりも起きあがるときにどう取り返してやろうかと思えるある種の太さをもったことが、歳を重ねて良かったことだと思う。私個人の意志ではない大きな理由で、長く住んでいたアパートを出ていくことが決まった。いずれくると思っていた日がついに6年越しにやってきた、というのが正しい。
この町に引っ越してきたときからこのエリアは将来的には再開発になりそうだという予感はあり、2年前に強制退去することが正式に決まった。最初はあまり実感もなかったが、期限が近づくに連れて周りの住民が続々と引っ越していくのを見て、ここでの生活の終わりを悟った。話したことのない人も多いが、なにかぽっかりと薄れていく感じ。数年後にはタワマンや商業施設が建つ予定だという。常連だったお弁当屋のおじさんに「ここのお弁当、大好きでした」と伝えたときは柄にもなく涙ぐんだりした。

最初は気が乗るわけなく、妙に寂しいし、なんなら面倒くさいとまで思っていたが、逆にこんなこともなければ自分の性格的に引っ越すことは恐らくなかっただろうと思い至ると、どうせなら前向きに考えてみてもいいかもしれないという気になってきた。これもまたタイミングなのだろう。

カラオケや漫画喫茶、スターバックスなどがあって“出掛けたくなる街”に狙いを定めた。それから、部屋にいてもベッドでごろごろする生活を一変したい…。となれば、ベッド以外でゆったり座って横になれる場所が新しい家には必要だ。これまでのアパートにはついぞ置かなかったソファ。
眠ると寝転がるでは大きく違うし、寝転がるのと姿勢を崩すでも大きく違う。一人だけれど、思い切り身体を投げ出せるものが欲しい。横になったときに足を伸ばすには、3人掛けの大きさがよさそうだ。でも…8畳間に3人掛け。圧迫感が気になったが、ショールームで見て決めたソファはどうやらそんなこともなく、ちょうど希望していた脚がスチール製の仕様が発売されたので、これもまた良いタイミングだった。

見た目も愛せて、大事に大事に、長く使っていける予感がする。びびっときたものは悩まずに購入するタチであるため迷わず購入した。ソファに座りながら映画やYouTubeを観たいと思い、テレビも思い切って新しいものに買い替えた。20インチからばーんと55インチ。日々ゆっくりと楽しみながら過ごせるように、部屋は全体的に落ち着いた色合いにした。

毎日平日は18時半頃には帰宅して、余裕があれば映画やゲームをして過ごすようになった。休日には、何年かぶりに自宅に友人を呼んでパーティもしてみた。一人で過ごす日曜日はバイクにも乗るが、思い切り走ったあとに部屋で座ったり寝転がったりゆっくりできるのが嬉しい。ベッドが確固たる”寝る場所”になったため、それはそれで眠る時間も前よりなんとなく楽しい。

ソファには“座る”と“寝る”の間の無限の時間があるようで、いまのところ毎日毎晩心が躍ってしまう。ちょっとだけ「ごめんなさいね」と心健やかににやけてもしまう。というのも、実家にあった藤でできたソファ(上に座布団が敷いてある質素なものだが20年以上活躍中だ)は、祖父母を含めた7人家族のうち横になれるのは毎晩一人だけだった。いま私は3人掛けを毎晩独り占めしているのだ。

ところで、せっかく新しい街だからと一人お出掛けにも勇んでいたが、実はカラオケも漫画喫茶もスターバックスもほとんど行っていない。家の居心地がよすぎるから、だろう。ベッドごろごろ生活を脱して“ソファぬくぬく生活”を専ら自宅で満喫中の私である。


【物語に登場したソファ】
Decibel C4 3人掛け片ひじ
【物語に登場した生地】
F1ランク LAシリーズ LA-4477-GBE


Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)

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