娘と美味しいものを食べてたどり着く。 30年ぶりのソファ
「はい、お母さん、紅しょうが」。向かって左の長女から差しだされる。す、と視界になにか入ったので目をやると、向かって右の次女が黙って差し出した、トマトチーズだ。本人はアスパラベーコンをもぐもぐとやっているので、喋らない。
長女、次女、それから私。久しぶりの3人揃っての銀座ランチは、なんとも黙々とはじまった。
さくさく、しゃくしゃく、じゅわじゅわ。
喋らないが、しかし饒舌だ。いったい、何本目だろうか。野菜、肉、魚介、変わり種がまんべんなくやってくる。次々にでてくる串を、熱々のまま頬張っていく。「明日、喉のとこのうす皮、ちょっとはがれてそうー(笑)」と、いったん口のあいた次女が言う。
数年かけて続けてきた娘とのソファ探しとランチも、今日で締めくくり。
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ソファ巡りをはじめたのは、確か3年くらい前だった。
最初は、確か喫茶店だった気がする。ランチでもしようと次女を誘い、こんなふうに言った気がする。「新築ができるなら、絶対ソファが欲しいと思ってたの。今日はソファ屋に行きたい」。そうだねえ、うち、ずっと木製のベンチだったしね、と、次女が先にきたサラダを食べはじめながら、はっきりしない口元で答える。サラダにパスタ、それから最後に小さなコーヒーゼリーがついてくる店は、私と次女のお気に入りだ。コーヒーゼリーは細かく崩し切りされた状態でだされる。こうするとクリームが表面を滑らずにしっかりと馴染むのだと知った。ランチのていではじめたソファ巡りは、確かこんなふうにはじまったのだった。
私と娘たちは、よく出掛ける。そして、よく食事をする。
娘たちが小学校の頃、美術館で絵画をみながら独自のおもしろい解説をする、というのが私たち3人の間でブームになった。3人で静かに、でもこらえながらの笑いは腹筋のほかにもいろいろと力を使うようで、いつだって出口をでるころには3人とも腹ペコで、終わった後のアイスやジュースは体に染みていくように美味しかった。
そんなふうに美味しいもので繋がっている私たち3人が、ソファ探しを大好きなランチと一緒に、まるですごろくを進めるように続けていったのはなんとも自分たちらしいなと思う。
途中、長女が仕事の関係で一人暮らしをはじめてから、コロナ禍もあってここ2年でのソファ探しは、私と長女、か、私と次女、になった。それぞれにつき合ってもらい、その時々に意見をもらった。背もたれはどれくらいがよさそう、色はこういうの、など、いろいろとアドバイスをくれた。
新築の家は木のよさを活かすデザインだったので、どんな色が似合うかをじっくりと存分に選べる国産ソファブランドが見つかり、娘たちも頷いたのでそこにしようと決めた。そこのソファであれば、長く使えることや模様替えのこともしっかりとイメージできたことも大きい。NewSugar Hi-Back Modern HS 2人掛け片ひじに実際に座ってみて、すとんと腹落ちしたのだった。
ソファを決めるということは、いったんこの“ランチ巡り”も終わる。
いよいよソファを買う日はやっぱりお祝いで、絶対に3人揃って食べようよと、誰からともなく決めた。
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あの日の銀座ランチは、特別だった。串カツでお腹いっぱいに満たされて、長年欲しかったものを買いにゆく。こんなに喜びに満ちた道のりだったなんて、としみじみ振り返った。美味しいものを娘と食べて、少しずつ歩みを進めていったのだ。
単身赴任中の夫が私たちに買ってくる手土産は決まって美味しいもので、ソファが届く日にも菓子を送ってくれた。私の大好きな店のラスクと、シュトーレンだった。
いま、ソファにはもっぱら一人で座る。応援してもう10年の宝塚俳優の動画を見るのはベンチ時代からの日常で、長時間座っていると「こだわっていいソファにしておいてよかった」と改めて思う。応援をはじめてからいろんな人に出会い、友人もできた。大好きな活動を思えば、仕事にも精が出る。待ちに待ったBlu-ray開封の日、どうせならと、とっておきのチョコレートを取りにソファから腰をあげる。ふと、娘たちの顔が浮かんできた。
娘二人と時々の美味しい日々を続けてたどり着いたソファなのだから、そこにあるのはそれはどうしたって彼女たちとの、美味しくて満ち足りた記憶だ。
【物語に登場したソファ】
NewSugar Hi-Back Modern HS 2人掛け片ひじ(ウレタン仕様)
【物語に登場した生地】
XXランク DNシリーズ DN-10-CS キャッスル
Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)