夫の大奮闘。“ソファのクレーン搬入”立ち会いと、人生最高の昼寝話
“人生で最も記憶に残っている昼寝”なるものをもっている人なんて、どれくらいいるのだろう。
プールのあとの、徹夜のあとの、とか、そういった何度も起こり得るものではなく「たった一度きり」しかないような。私にはまだない。だが、私の夫には、最近できた。
「もう、なんといってもクレーン搬入後の昼寝だね」。それもクレーン搬入したての、届きたての、真新しいソファで昼寝、だ。
私の出産を機に、私たち一家はマンションから新居戸建てを購入して、引っ越しを決めた。
もともといずれ戸建てに引っ越しを見据えていたので、こつこつと集め続けたマンション暮らしには少しばかり大きい家具が並んでいる。それらをごっそりと新居に持っていく“大移動”のような引っ越し。ばらばらの、それも少しだけ大きい家具に囲まれたマンションの部屋は、ところどころちぐはぐで、それゆえどことなく浮き足立っていた感じがあった。
その家具たちがいよいよピシッとフィットする戸建ての部屋を想像すると、なんとなく「生活が根付いていく」気がした。引っ越しが近くなるほどに、ワクワクというよりは一歩一歩、しっかりと踏みしめているような気持ちがしていた。
・・・
ところで、ソファだけは別だった。「時が来たら買おう」と、マンション暮らしのあいだは私と夫の互いの家から持ち寄った一脚ソファをくっつけて使っていたのだ。ついに、ソファを買うときがやってきた。
インスタグラムでおしゃれなインテリアの家々を参考にソファ探しをして、「ビビッ」ときてから店頭での即決まで、そんなに時間はかからなかった。待ちに待ったのだから、どんと行こう!と、Decibel Standard 3人掛けカウチソファセットに決めた。
19畳のリビングにはもしかしたら大きいかも? とも思ったが、デザインと素材、色味がとにかくよく、それは心に描いた「いつかの日のソファ」だった。硬すぎず、柔らかすぎない絶妙な座り心地も、これなら長く使っていけると思えた。
が、誤算だったのはここからで、なんと「クレーン搬入」をしないとならないらしい。玄関からの搬入は難しいとのことで、2階の窓からソファをお迎えする、と。
「ちょっと大変そう...」とどちらともなく顔を見合わせるも、これ以上いいソファが見つかる気もせず、ビビッを信じて「よし、やったろう!」という気持ちになった。
私たちがなにをするわけでもないのだが、とにかく意気込んだ。絶対にこのソファを新しい我が家に迎え入れよう、と。
が、さらに誤算だったのはここから。
出産を控えていた私が、なんと切迫早産で絶対安静、実家で寝たきりに。マンション退去、新居引っ越し、そしてクレーン搬入すべては「夫の担当」となった。平日の仕事終わりや休日にもくもくと梱包作業をし、今度はそれらを引っ越し先の新居でたんたんと解いていく。
少しずつ失くなっていくマンションと、少しずつ埋まっていく新居を、夫から届くLINEの写真やビデオで確認する日々だった。なにかできることを、と、私は業者の手配や必要なものを購入するなど、細々とできることをしながらメッセージでエールを送り続けた。
「それで、小一時間もかかったんだよ、クレーン搬入」。夫がたった一人で立ち会ったソファのクレーン搬入。2階の窓からのソファ入れはとにかく慎重な搬入で、なかなか緊張したらしい。
終わってみると思っていたよりも気を張っていたらしい、驚くほどにどっと疲れを感じてそのまま搬入仕立てのソファで沈み込むように昼寝をした。
「もうほんっとに、気持ちよかった。終わりの見えない梱包作業と荷解きのあいだはどうなることかと思ったけど。あんな昼寝を味わえたこと、この引っ越しの醍醐味だったよ」
私たち夫婦は二人とも広告代理店で働いていて、平日はとにかく忙しい。仕事が終われば、夫と交代で娘の保育園に迎えにいく。歩きはじめた娘が常に後追いをするので、家に帰ってから夕飯の支度時間がとにかくハードだ。
次の日のことを考えながら目の前のことをこなし続ける平日が終わりを迎える金曜日、19畳のリビングで、そしてソファで、とろとろと流れていくような緩んだ時間を満喫する。
土日は出かけるのが好きなので、金曜日が一番のリラックス時間。この時間の話のネタとして、もっぱらのブームなのがこの引っ越しの日々の話。そして、搬入と昼寝の話。
引っ越しがおわってから、もう4ヶ月も経つというのに。そのうちブームが去ったとしても、きっと折に触れて繰り返される武勇伝として、我が家に語り継がれるに違いない。
最近は、自力でのぼりおりできるようになった娘の大のお気に入りスポットでもあるソファ。1歳になった4ヶ月前、ちょうどソファが搬入されたとき。以前とは違う大きなソファが珍しかったのか、すぐに“登頂”を試みた娘。2、3週間は危なっかしくてはらはらしたが、いまではどーんと一丁前に座る。一緒にテレビを見て、絵本を読む時間が私は好きだ。
娘を寝かせてから、一人で足を伸ばしてうんと寛ぎ、自分の時間を過ごすのも気に入っている。気持ちよくなってうとうとしてくると、夫の搬入談話と昼寝の気持ちいい話を、どうにも思い出してしまう。
【物語に登場したソファ】
Decibel Standard 3人掛けカウチソファセット
Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)