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Magic of Straw in リトアニア②出発まで

ワークショップか展示か販売か

「参加者は会期中、自身のワークショップ開催や作品展示、最終日に開かれるマーケットで作品販売もすることができます。もちろん、ただ参加するだけ、というのでもOK」と藁フェス募集要項には書いてあったことも、参加へのハードルを下げてくれていて、日々東京で仕事と育児と家事に忙殺され最低限の事前準備しかできなそうな私にはとてもありがたかった。参加申し込みはしたし、国際送金で参加費も払った。航空券もとったし民泊サイトで宿も押さえたからあとは体調さえキープすればなだれ込むだけだと藁フェスのことは一旦横に置いて日常をやっつけていた。

そんなある日。ヴィリニュスの事務局から個人的なメールが届いた。開いてみると、「モモコ。あなたからは参加のみと聞いているけれど、せっかく遠く日本から参加するのだし、何かワークショップをしない?日本の藁細工とか?作品展示でもいいわ。それを販売することもできるし。」とある。えーっ、どうしよう。正直私の頭にはそんなこと1ミリもなかった。

想像のボブーテたち

考えてみた。かれこれ10数年前、職場にぶら下がっていたソダスというものを初めて目にしてから時が経ち、ご縁があって自分でも作るようになって数年。光栄なことにお声がけいただいて日本では時々ワークショップをしたりソダスについて話をさせてもらったりするようにはなっていたものの、本場リトアニアで自分のワークショップを、しかもソダス(や他の藁作品)作りの大御所ボブーテ(リトアニア語で「おばあちゃん」の意味。妄想だけは膨らんでいる)たちを前にするなんて、日々想定外頻発の職場で相当心臓が毛深くなっていたとはいえ、いくらなんでも厚かましいだろう。そもそもボブーテたちもなけなしの年金から参加費を捻出し、遠路はるばるヴィリニュスまで出てきてソダスとは全く無関係な外国からきた私の「ソダスの」ワークショップを受けるなんて、考えただけでめちゃくちゃだ。私はソダスについて知りたい。ソダスという、ある種不思議な世界をいちばんよく知るであろう、田舎で静かに暮らし藁を編むなかなか会うことのかなわないリトアニアのボブーテたちに会って、そのエッセンスを感じたい。できることなら話を聞いてみたい。それだけだ。

日本の伝統的稲藁細工文化も、悲しいかな米どころとは無縁な都会育ちの私は残念ながら教えられる技量や知識を持ちあわせない。以前テレビ番組で、モスクワにある日本食レストランの寿司職人が日本に行ったことはないが寿司の握り方はすべてYouTubeで習得したと豪語していたのを思い出し、もしかしたら私も彼のようにYouTubeでごく基礎のしめなわ作りを即席で盗み適当にボブーテたちに教えるということはできなくもないかもしれない。いやいや、なんだかお粗末すぎるし、大御所ボブーテたちに失礼だ。そもそもそんなことをしたら日本の藁細工文化の冒涜である。ありえない。

そしてもうひとつ、作品を展示販売するのであれば、ある程度の大きさになるし、とても繊細な藁でできたものをきちんと梱包しリトアニアまで壊さず運べる自信も考える余裕もなかった。

事務局には申し訳ないが「参加できるだけで光栄です。楽しみにしています!」とワークショップや展示、販売はしないことを伝えた。正直、2019年は2回もリトアニアを往復するので何か販売をすれば少しは旅費の足しになるかとも思ったが、参加費割引を受けて集まる年金生活ボブーテたちに一体何をいくらで売ればいいのか想像がつかないし、そもそも藁フェス自体がどういう集まりなのかもいまいち分からない。フェスでその後、ボブーテたちが激しく食いついてくる、喉から手が出るくらいほしい物が存在するのを知ることになるとはつゆ知らず、そちらも諦めた。

出発する

職場で同僚たちに「ボブーテキャンプ、楽しんで!」とからかわれながら、えいやと留守番メール設定をオンにしパソコンも閉じ、荷物をかたっぱしからざあっとスーツケースにほうり込み、娘を夫に、夫を娘に託し文字通りあとは野となれ山となれ、例年にない涼しさの成田を7月19日朝、飛び立った。体はもとより心が限界に達しつつあった私は、普段食欲旺盛なのに機内ではなにも欲しくなかった。こういう時は無理をせず、水を飲みひたすら眠り、快復するのを待つに限る。これから束の間の、よくわからない非日常を、フィンエアーの白熊の毛皮が敷かれた氷窟のような、ひたすら白い機内でぼんやり想像しながら目を閉じた。

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