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Magic of Straw in リトアニア⑬ネマン川のほとりで

リトアニアの首都ヴィリニュスから西へ約200キロ、スヴァルキヤ地方にあるザナビカイという小さな村の荘園博物館に来ている。

昼食は博物館の敷地内にある中世リトアニア貴族の食卓を再現したレストラン、「Kuchmistrai(クチミストライ)」にて。

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長い食卓が並ぶ中、ビーツと豆のサラダ、豚肉の煮凝り、きゅうりのピクルス、ハム、黒パン、黒パンを発酵させた飲み物ギラなど、その昔、地続きで絶え間なく迫りくる隣国との戦いに挑むために力をつけたことがうかがえる料理の数々が運ばれてきた。これを見ると今もリトアニア人の食卓に上る料理はそんなに変わらないように思える。もちろん今はもっと健康志向で、野菜料理や鶏胸肉(!)なんかも食べるようになったのだろうけど、黒パン、ギラ、ビーツのサラダに肉。リトアニアのソウルフードだ。日本でいう米に味噌汁、といったところだろう。

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昼食後は、博物館から一路東北へ30キロほどヴィリニュス方向に戻った、ヴィルキヤという小さな町にある、「Antano ir Jono Juškų etninės kultūros muziejus (Antanas and Jonas Juskai Ethnic Culture Museum、アンタナス&ヨナス ・ユシュカ民俗文化博物館)」へ。

ヴィルキヤは、ベラルーシからバルト海を900キロ超にわたり雄大に流れるネマン川のほとりにたたずむ、リトアニア第二の都市カウナスの北西25キロに位置する人口2000人ちょっとの森に囲まれた小さな町だ。私たちはネマン川の対岸から渡し船でヴィルキヤに入った。

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渡し船を降り、林の中の小さな公園を抜けると、リトアニアらしい、控えめだが人が暮らすことがわかる手入れされた庭に古い木造の家屋や廃屋が立ち並ぶ人気(ひとけ)のない田舎の住宅街が現れる。

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照りつける真夏の太陽を目一杯享受する花や緑とはうらはらに、神隠しにあったかのように人気(ひとけ)がない町を、私たちだけが歩いていく。皆ヴァカンスでバルト海に出かけてしまったのだろうか。それとも高齢者は家の中で午睡でもとっているのだろうか。

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狐につままれたような不思議な気分で誰ともすれ違わず住宅街を歩いていくと、坂の中腹で木々が茂り道路より低い位置に立つ一軒の住宅の入り口で立ち止まった。どうやらそこが今日午後の目的地のようだ。

木々の間に埋もれるように静かに佇むアンタナス&ヨナス ・ユシュカ民俗文化博物館は、入り口に控えめながらも黒々とした、迫力ある佇まいで神妙な面持ちで鎮座する、木彫りのアンタナス・ユシュカが来客を迎えてくれる。

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ここは19世紀に存在したカトリックの牧師であり、リトアニアで最も著名な民俗学者かつ民族誌学者でもあったアンタナス・ユシュカの軌跡と民俗学的コレクションを、忠実に保存、再現した当時の暮らしとともに展示している博物館である。ユシュカは70,000以上におよぶ古リトアニア語の単語を集めた辞書の編集や7,000曲にわたるリトアニア民謡の収集など、民俗学的に貴重な記録を数多く残した。現在は木工作家アルーナスと今回の藁フェスにも参加しているソダス作家ヴィダ夫妻の自宅兼博物館で、美しく鬱蒼と茂った庭に囲まれ、ヴィルキヤの住宅街に静かに佇んでいる。築300年以上かつヴィルキヤで最も古い木造家屋といわれるこの家は、アンタナスと彼を献身的に支えた兄、ヨナスが19世紀、実際に3年ほど暮らしていた。その約100年後にアルーナスとヴィダ夫妻がほとんど廃墟と化し放置されていたのを買い取り、少しずつ手を入れ、1990年に自宅兼博物館として息を吹き返し今に至る。

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言われなければ博物館とは気づかず通り過ぎてしまいそうなくらい鬱蒼とした緑の中ひっそりと立つこの家は、窓枠には可愛らしい装飾が施されてはいるが、博物館というにはささやかな建物。

(↓鬱蒼と茂っているが丁寧に手入れされていることがうかがえる庭)

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しかし中に一歩足を踏み入れると、ビリニュス のナショナルミュージアムの伝統工芸品コレクション館も霞んでしまうくらい濃密なその世界観に圧倒される。

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昼間でも薄暗い家屋の中には、ユシュカ兄弟が今も存在し、その家の歴史と伝統、そして手工芸を静かに愛するアルーナスとヴィダと共に暮らしている気配がする。

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ヴィダ作の繊細なソダスやアルーナス作の木工作品が見事に他の展示物と調和し、一見時が止まっているようでありながら実は今も静かに、そして確かに脈打ち息づいている場所。息をのむ美しさ、とはこのことを言うのだなあと、当時の暮らしに想いをはせ、時間を忘れてこの場所を身体全体、五感をフル稼働させて展示物ひとつひとつを見、感じつつ、タイムトリップに身をまかせる。

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しばらく各自思い思いに屋内を見学し、一番奥の広間に集まるように言われる。広間へ足を踏み入れると、部屋の真ん中にあるテーブルの上に吊るされた大きなシャンデリア状のソダスがスポットライトに照らされ、神々しく浮かび上がっている。

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暗闇の中で光るソダスを前に、ヴィダがこの博物館についての説明をしたあと、古い民謡をアカペラで歌い始めると、テーブルに映る影が曼荼羅のような模様を描きながらゆっくり回り始める。寂しげな、けれどお腹の底から響くメロディに呼応するように速さを変えて回るソダス。暗闇に浮き上がるソダスはインテグラハウスの現代的な空間でスタルティネスと共に観た景色よりも何倍も神秘的で、ゾワゾワと鳥肌が立ってくる。そっと目を閉じて、その幻想的な空気と時間に、身を委ねる。ユシュカの亡霊と共に。

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ひとしきりソダスとユシュカの世界に浸ったあと、しばし余韻に浸りながらさらに奥の部屋へ足を踏み入れると、かわいらしいソダスがあちこちに吊り下げられた寝室がある。

(↓仲睦まじい、穏やかな人柄がにじみでているアルーナスとヴィダ夫妻。後ろにある緑と木目のドアの向こうには、アルーナスとヴィダが日々暮らす、小さなキッチンとダイニングがある。)

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(⑭に続く)

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