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Magic of Straw in リトアニア⑭白昼夢と眠らないボブーテたち
ヴィダとアルーナスが自宅兼ユシュカ博物館として公開している家は、今独裁政権問題で揺れるベラルーシを源に、リトアニア南部を縫いバルト海に注ぐネマン川のほとりの、小高い丘を中心とした小さな村にある。川岸からなだらかな坂を少し上った丘の中腹にある、鬱蒼と木々の生い茂ったその場所は、道路から少し下がっているが裏庭の一部は道路より小高い丘になっていて、向こうに目をやると木々の間からリトアニアの森や草原が広がり、そこを縫うように流れるネマン川を一望することができる。小高い丘にはリンゴなどの果樹がいくつか植わっており、苔むした屋根と装飾の施されたかわいらしい小屋が控えめに、首をかしげた木彫りのイエスやでドゥーカイ(おじいさん)と並んで木々の間に埋もれもうひとつ建っている。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/33751704/picture_pc_08aed4b488ec3ace115ed7d6f480875b.png?width=1200)
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/33751186/picture_pc_2339b51e07933b3ed0768ce4fb8cbaf0.png?width=1200)
通常これだけ鬱蒼と木々が茂ると、薄暗くなるだけでなくなんとなくネガティブな雰囲気が漂いがちなのに、生えている木々や足元で咲く花々の様子から、ナチュラルながら丁寧に手を入れていることがうかがえ、建物だけでなく敷地内の植物たちもヴィダとアルーナスと心地よく共生しているオーラが伝わってくる不思議な場所だ。
![画像3](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/33751490/picture_pc_1dedf803b0bbc266832e8b5498f689b2.png?width=1200)
私は建物も庭も展示も、今回のリトアニア旅で一番惹きつけられたこの場所にすっかり舞い上がってしまい、ひとり出たり入ったり、写真を撮ったり触れたり匂いをかいだり、全身のアンテナを張り巡らせて体験していたら、どうやら出発の時間が迫っていたようだ。ふと我にかえるとボブーテたちが裏庭の、ネマン川を見下ろす小高い丘の、いくつか手作りの、素朴な木のベンチが置かれたスペースに集まっていく。丘はおそらく風景が眺められるように植栽を減らしているのであろう、はるか彼方まで森が広がり(リトアニアには高い山はない)、バルト海方面に向かって穏やかに流れるネマン川が見える。みんなひとしきり写真を撮ると、ニコニコと穏やかに庭の紹介をするヴィダの話に耳を傾け、しばらく黙ってその風景と庭を目に焼き付けている。
そうこうするうちに帰りの時間がやってきて、文字通り後ろ髪を引かれながら、ヴィダとアルーナスにお礼を告げ、ヴィダには明日またマーケットで会いましょうと挨拶し帰りのバスが待つ川の向こう岸へ、到着時より少しやわらかくなった日差しのもとふたたびみんなでそぞろ歩く。時間はすでに夜の7時をまわっている。来た時とかわらず神隠しにあったように人の気配のない田舎町の、家々の窓にかかる色あせたレトロなレースのカーテンや崩れかかった軒先、そして乾燥した庭に水も人も見当たらないのに生き生きと咲く花々を不思議な気持ちで眺めながら坂を下っていると、自分が白昼夢の中にいるような気がしてきた。
渡し船で数分、ネマン川を渡り、川岸で私たちを待っていた貸し切りバスに再び乗り込み、帰路に着く。1時間ほど走り、カウナス郊外にある今日の夕食会場である荘園レストランに着く。時間が遅いからか、客は私たちだけのようだった。薄暗くガランとした店内の真ん中にポツンと置かれた大きなテーブルで、隣と肩をくっつけたまま座るくらいギッチリ配席された空間でパスタだったか、印象のない夕食を淡々ととる。お腹が満たされたところで外に出ると、白夜の下9時を過ぎて傾きかけた陽の光を浴びて、5日間でうちとけたこの集まりも残すところあと1日か、と少し寂しさが襲ってきた。ボブーテたちも同じ気持ちだったのか、みんなで記念写真を撮りましょう、と誰かが言い出し、店の外で集合写真を撮ることに。
![画像4](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/33762139/picture_pc_6d354112f9cffa2e6482a97b13595f0d.png?width=1200)
(↑満たされた疲れと夏の夕日に、みんなとってもいい顔。それぞれの場所でそれぞれの人生を生きていて、それぞれの物語がある。)
センチメンタルなムードはここまでで、早く帰りたいのであろう(そりゃそうだ)運転手のおじさんが超高速で飛ばすバスは一路ヴィリニュスへ。スムーズにいけば1時間半ほどの道のり。最初はみなうつらうつらしていたが、おとといのインテグラハウス遠征以上の濃密な遠出となった1日に、肉体は疲れているものの心の興奮とたまにガツンとくるバスの揺れが相まってか、ここにきて一部のボブーテたちが陽気に歌い出した。聞いたことあるような曲、ない曲、順番にそれぞれの国の言葉で歌っている。合唱になったり、時に独唱になったり、ふたたび元気復活大盛り上がりのボブーテたち。さすがに電池切れのリョウコさんと私はボブーテの民謡大会を子守唄に、気づいたら眠りに落ちていた。
![画像5](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/33762089/picture_pc_f9b3d21fefec1ea3b747f1676b564871.png?width=1200)
しばらくして目が覚めるとバスはすでにヴィリニュス市街に入っていた。川沿いを走るバス。まもなく国立博物館だ。バスの最終到着地であり参加者たちのほとんどが宿泊しているチュルリョーニス芸術学校の寮は、そこを過ぎて坂をしばらく上がっていったところにある。2階の席に座っていた私は1階のエグレに博物館のあたりで降ろしてほしいと頼む。エグレが他に降りたい人はいないかと確認すると他にもリトアニア人参加者たちが数人、博物館横で降りるとのこと。民謡で盛り上がるボブーテたちはどうやら眠っていなかったようで、すっかり夢の中のリョウコさんの隣で降り支度を始める私を見て、「モモコ、リョーコは私たちに任せといて。着いたらバスから降ろして、ちゃんと面倒見とくから!ワハハ!」と実に頼もしくハイテンション。なんという安心感。リョウコさんのことは何も心配していないけど、肝っ玉かあちゃんたちのおおらかさと、強さと、たくましさにじーんと温かいものが心に広がった。
![画像6](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/33751922/picture_pc_9584997d1a96020baa67cd08a16347c4.png?width=1200)
みんなに見送られながらリトアニア人数人と共に下車し、また明日、とそれぞれの宿方向へ散り散りに歩く。日も暮れてライトアップされたゲディミナス塔を横目で見ながら3分ほどでアパートに帰宅。明日は最終日、みんながそれぞれ渾身の作品たちを展示販売するマーケットの日だ。シャワーを浴びるとすでに12時近く、泥のように眠った。