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イライラが止まらない!熊のぬいぐるみだからって、何でも許される訳じゃねえんだよ!2018年最大の問題作 映画『プーと大人になった僕』

※これは2018年10月28日に、別メディアで書いた記事です。
※毒が強めなので、読まれる方は自己責任でお願いします。
※特に、以下に当てはまる方はブラウザバックを強くオススメします。
・映画『プーと大人になった僕』を観て、楽しんでしまった方。
・まだ映画自体は観れていないが、いずれ観る予定で楽しみにしている方。
・プーさんやその仲間たちが好きな方。

では、始めようか。

2018年も、もう終盤戦。
遊びも仕事も趣味も、何もかも充実していて、無駄な時間なんてなかった。
でも、この映画を観終わった後、僕は悟った。

「もう、この104分は二度と返ってこないんだ。」

そんな感想を抱いてしまうくらい、とてつもなく、とてつもなくクソな映画でした。

まず、細かいツッコミどころが、たくさんあった。
仕事に忙殺されている設定のクリストファー・ロビンの帰宅時間が21:15であったり、
ぬいぐるみ達は、手垢とかで無駄に年季が入っていることで汚く見えてたり、
プーさんの声が鼻の通りが良い平泉成の声だったり、
別にミュージカル映画じゃないのにティガーが謎に歌い出すシーンがあったり、枚挙にいとまがない。

そのため、この記事では大きく2つの点からこの映画を盛大にdisって、プーさんをボコボコにして、二度と立てなくしてやる。
可愛いからって、何でも許されると思うなよ。

<ターゲットの不在>
映画には、意図的にしろそうでないにしろ、ターゲット層が存在する。少なくとも、そのような「ラベリング」をされる。

「大人も子供も楽しめる」映画であったり、「カップルに観て欲しい」映画であったり、「ハリーポッターが好きな人向け」とかいうのもあり得るだろう。

だが、この『プーと大人になった僕』は、ターゲットがあまりにも不明瞭だ。

くまのプーさんと言えば、ディズニーのキャラクターだ。
という意味では、この映画は子供がターゲットなのだろうか。

いや、違う気がする。
本作の原題が『Christopher Robin』(クリストファー・ロビン)であるように、物語の主軸はロビンにあった。
そんなロビンは、プーさんのことなんかすっかり忘れて、大学でウェイウェイした後、徴兵されて戦争に向かい、現在は沈没船のような会社の部長クラスまでのし上がっているという設定。
美人な奥さんと可愛い娘にも恵まれ、プーと出会った頃のロビンは、完全にいなくなっていた。
昔は何も生えていなかったはずのロビンのロビンだって、今となってはもうクリストファーになっているのだ(意味深)。

ということは、この映画のターゲット層は、「子供の頃の大切な気持ちを忘れてしまった大人たち」なのか。

いや、違う気がする。
物語は、ロビンとプーさんの現在が交互に描かれ、それが次第にクロスオーバーしていくことで進行する。
久々にロビンに出会えたプーさんは、「遊ぼうよ」とロビンを誘う。しかし、それを聞いたロビンは、被り気味にこう言い放つ。

「いや、プレゼンあるんで」

分かる。ロビン、分かるよ。君の気持ち、とっても分かる。
俺も気分が乗らない時は、その言い訳を使うよ。

でもな、ロビン。
お前、それ映画の中でずっと言ってたよな。
毎日毎日、何をそんなにプレゼンしてるんだ?プレゼンって、「仕事」って意味だと思ってないか?違うからな。
プーさんは、子供の頃の大親友じゃないのか。

そして、プー。お前の鈍感力は、大したものだ。
何度断られても、必死にロビンを誘うお前。最高に滑稽だぜ。

とにかく「大人になって忘れてしまったもの」を探し始めるロビンだが、最後まで仕事のことが頭から抜けない。
合言葉は、「明日は大事なプレゼンが控えているんだ」。分かったよ、うるせえな!一生プレゼンしてろ!
結局、ロビンが何を忘れて、何を思い出したかが描かれることはない。

多分一番の問題は、色んなターゲットを含みすぎて、テーマが全部ごちゃごちゃに混ざっていることだろう。
結局誰に何を伝えたいのか、何の映画なのか。全く掴めず終わる。
クソ映画の典型である。

<愛せるキャラクターの不在>
主人公格のキャラクターが、とにかく愛せなかった。
本来であれば存在だけで人を癒すことができる、いや、癒しているはずなのに、喋れば喋るほど各キャラクターの粗が浮き彫りになる。
もはや、見事。

ちなみに、自分がこの映画を観て各キャラクターに抱いた感想は、以下の通りである。

クリストファー・ロビン・・・「俺、仕事してるぜ」アピールがウザい、ただのサラリーマン。多分、プーさんを見世物に使ってショーマンの道を選んだ方がよっぽど幸せになれるが、それに気づくこともできないIQ低めのサディスト。

くまのプーさん・・・可愛い着ぐるみに身を包んだニート。「大好きだ」と言いながら、その大好きな物(はちみつ)を踏みつけながら歩くという奇行は、もはやお家芸。下半身はいつも裸。

ティガー・・・お節介極まりないナルシスト野郎。尻尾を使って「世界一高く飛べるんだぜ!」とやたら自慢してくるが、実際には15cm程度しか飛べない。止まらないナルシストが物語を加速させる。
何よりも、糖分を取りすぎたのか知らないが、テンションが上がって突然歌い出すシーンは、この映画最大のハイライト。何度も言うが、この映画はミュージカル映画ではない。こいつだけ、突然歌い出すのだ。意味分からん、マジで。

イーヨー・・・根暗。



<唯一良かったと思うところ>
良心の呵責に苦しんでいるので、最後に、この映画を最後まで観ることができた理由を書こうと思う。

それはクリストファー・ロビンの娘役・マデリーンちゃんを見事に演じきった、ブロンテ・カーマイケルちゃんの存在である。
イギリス美人になりそうなブロンテちゃんだが、なんとこの作品が長編映画初出演だという。とんでもない演技力だ。
洒落っ気が出てくる年齢の少女を、上手に演じきっているため、後半でブロンテちゃんにフォーカスが行った瞬間、救われた気がした。

なんと言っても、ティガーが突然歌い出した時に、
「こいつ、引きちぎってやろうか」という目つきを投げるのである。
完全にこちら側の人間である。


<まとめ>
「映画の感想は人それぞれで良い」と、誰かが言っていた。
一つの映画を取り上げた時、それを好きな人もいるし、そうでない人もいる。そうやって、感じ方が人によって違うのも、映画の魅力だったりする。

僕は、耳あたりの良い「好き」より、正直な「嫌い」の方が美しいと思う。
だから、僕の言いたいことを言う。
あの映画は、クソ映画だと思う。
これを世に出そうと決めた奴は、映画なんて高尚な芸術に取り組む前に、塗り絵からやり直せ。

映画をまだ観ていないにも関わらず、ここまで読んだ人は是非その目で確かめてほしい。
皆さんの大切な人生に置ける104分が、すっ飛ぶだけだが。


なんか今日の夜プーさんに殺される気がしてきた。

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