まずはちっちゃい丸を作りましょう
私が勤めている病院では、外来で児童・思春期のこども達の治療もおこないます。
問題行動を起こす子や不登校の子、学校へ行こうとすると頭やお腹が痛くなる子、等々。
自閉症スペクトラムの診断で3歳から通院していた子が小学1年生になったのですが、早速行き渋りが始まり、時々学校を休みます。休んだ日は自宅で工作をします。かなりな大作でびっくりします。お母さんは、不安だけれども無理矢理学校に行かせようとはせず、本人に合わせた程よい関わりを心がけておられます。
そしてその子の表情はとても良いです。
他方、先日来られた高校3年生の子は、今まで不登校にはなったことはないけれど、周りに合わせて、求められることに必死に答えて頑張ってきました。けれど、勉強と部活でいっぱいいっぱいになって、自宅で荒れてしまいます。
その子は、自分が何をしたいのか、何が好きなのかわからず、表情はとても暗いです。
もう何かに立ち向かうエネルギーは残っていません。
この高校3年生の子も、小さい時には楽しいこと、やってみたいこと、好きなことはあったはずです。けれど、それらは社会や大人の“こうあるべき”に摘み取られてしまい、心のエネルギーは“こうあるべき”に適合するために使われ、補給もされないから枯渇してしまいました。
私たち大人は、“学校に適応できていれば問題なし”“勉強についていけていれば問題なし”“友達とうまくやれていれば問題なし”と判断してしまいがちですが、間違っていますよね。
こどもをしっかり見て、大人が心を使って、こどもの心が動いているのかどうか表情や態度で感じとる必要があるのです。
学校へうまく適応できてなくても、ちゃんと心が動いていれば、大人になる時に自分の道を選んで進むエネルギーがあるから大丈夫。
棚園正一さんの『学校へ行けない僕と9人の先生』『学校へ行けなかった僕と9人の友達』の主人公がまさにそうです。学校に行けず、“普通”でないことに劣等感を抱き、時には“普通”になるために心を砕いて潰れて。それでも常に続けてきたのは大好きな絵を描くこと。絵を描くことで彼の心は動き、それがエネルギーとなって、色んな人と出会い、自立した大人になりました。
知人が言いました。
「若い頃は尖っててね〜。でも、年を重ねて、トゲか全部取れたら、ちっちゃい丸になりました(笑)。」
でも、ちゃんと残るちっちゃい丸をこども達が作れてないと、その子達が大人になってトゲが取れたら何も残りません。
冒頭の小学校1年生のように、心から湧いてくる“好き”“楽しい”“やってみたい”を大切にして、ちっちゃい丸をまず作りましょう。大人はその邪魔をしてはいけません。
こどもを変えようとせずに、大人が変わりませんか?
あなたの心は動いていますか?あなたの子どもの心はどうですか?